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サークル合同誌
『大正ロマンをかいてみた。』
COMITIA108で新刊配布です


前回ご好評頂いた大正ロマン本の第二弾です。

今回のテーマは“小物”。
堺屋は『懐中時計』、
よたくは『アンブレラ』、
世津路は『鈴蘭燈』をテーマに
大正の風薫る短編をそれぞれかき下ろしました。

私の作品は小説ですが、
内容に漫画を含むため、文学フリマにはお持ちしませんのでご了承ください。


【B5|44P|300円】


※※追記から世津路の短編をお試しでお読みいただけます※※





「まぁ、ゆうさん。これは一体なぁに?」



 それが彼女がわたくしに発した、第一声でございました。
 長椅子(そおふぁ)に寝ころびながら、彼女は世の人より幾ばくか大きな黒目をくりくりさせて、わたくしを眺めまわしました。その遠慮のなさたるや教養の無さが窺えるものでしたが、純真な好奇心に輝くその瞳に、自然と好感を抱きました。

 ばたん、と誰かが戸を開け部屋の中に入ってきました。その人物は頭を濡らす雨粒を大判の手拭いで乱雑に払いながら、長椅子に腰かけて、同じくわたくしを覗き込みました。

 その方こそわたくしを当時所有していた樫井家のご次男、右三郎様でありました。


「これは鈴蘭燈さ」
「すずらんとう?」
「最近じゃあ通りなんかにも増えたろう? 傘を鈴蘭の形をした街燈が。うちのじいさん、あれを甚く気に入ってね。卓上に置く物を欲しがって、小樽のびぃどろ職人に作らせたのさ」
「ゆうさん、お祖父さんがハイカラだったって話、よくするものねぇ。このお部屋も、見たことない物ばっかり」


 彼女はそう言って、わたくしを凝視していた双眸を四方に向けました。

 わたくしの置かれているのは亡き右三郎様のお爺様、宗右衛門様の書斎でございました。お爺様は本邸の別に、鎌倉に内証の別宅を作り、よくその書斎に籠っておいででした。と、申しますのもお爺様の度を過ぎた西洋趣味は理解されなかったので、好きなものを詰め込んだこの別宅で、孤独に浪漫に耽ったものでした。

 壁一面に広がる金唐革紙の薄い藤色に、足首まで覆う毛氈の濃い緋色。黒檀材で揃えた調度はいずれも、欧州から取り寄せた一級品。その他にも、数々の舶来品――活動女優の写真や、油絵具の絵画、切り細工を施された玻璃の洋盃(こっぷ)一揃いに、秀麗な彫金を誇る天体望遠鏡――そういったものが宗右衛門様の美意識によって配列されておりました。


「そうさ、じいさんの蒐集欲は気違い染みていたからな。金に糸目はつけなかったよ。この長椅子だって、お前がカフェエで働く給金の何十倍もするんだぜ」


 その時右三郎様と彼女の腰かけていた猫足の長椅子は、とりわけ宗右衛門様のお気に召しておりました。世話をさせるために雇った若い女中と一緒に、その上でお戯れになること数知れず…長椅子に張られた金の天鵞絨に、当時の形跡が浅黒く残っているほどでした。


「やだ、おっかない」

 彼女は体を起こそうとしましたが、既に右三郎様がその上に覆いかぶさって、彼女の足に自らのそれを絡めてしまいます。真上から自分を見つめる右三郎様の視線をかわして、彼女は意図した無邪気さで話し続けました。


「これはどうやって灯りを点けるの?」


 そう言いながら、彼女の右手がわたくしの花弁をそうっと撫でました。
 その長椅子の傍らに置かれた小型の卓に、わたくしは置かれておりました。


「それが点かないのさ」
「あら、洋燈(らんぷ)のようなものじゃないの?」
「いや、そのつもりだったんだがね、設計の際不備があったらしい。だがじいさんは意匠がすっかり気に入っちまって、手直しさせる前に持って帰ってきちまったのさ」


 今度は右三郎様がわたくしの花弁を指先でなぞりました。外の雨のせいでまだ湿っておられたのか、触られたところから吸い付いてくるような感触でした。


「じいさんの気持ちもわかるがね…こいつは実に美しい。五つの花弁がそれぞれ色の違ったびぃどろで、隣り合ったもの同士で少しずつ色合いが移っていくようなのがまた絶妙だ。支柱のしなやかな湾曲具合に、台座に細やかに彫り込まれている草花…全く、見事だよ」


 そのお褒めの言葉は、宗右衛門様のそれと全く違わぬ文句でありました。何を隠そう、右三郎様はお爺様の唯一の理解者で、お二人は揃って西洋文化に傾倒されておいででした。他の方には存在も知らせていないこの別宅に、お爺様はよく右三郎様をこっそり連れて来たものです。今わの際にお爺様からこの別宅の鍵を託されたのは、右三郎様だけでありました。


「でも…」


 右三郎様の陶然とした様子を知ってか知らずか、彼女はぽつりとこぼしました。


「洋燈なのに灯りを点けることが出来ないなんて、なんだか悲しいわ」


 しみじみとしたその言葉に、右三郎様はせせら笑うように言いました。


「悲しい? お前はまたおかしなことを言うね、かすみ。灯りの点かない洋燈だって、これだけ目を楽しませることが出来れば上等じゃないか」


 断言めいた響きを持つ右三郎様の言葉に、彼女――かすみさんは目を伏せて続けました。


「そうかしら…。だって灯りに大切なことは、ちゃあんと明るく光ることでしょう?」


 そう言ったかすみさんの言葉は、戸外を一層激しく打ち鳴らす叢雨の音に掻き消されました。
 右三郎様はそれをさして気にも留めず、ご自身の頭に被せていた手拭いをかすみさんの頭に移しました。そして猫にしてやるように彼女の髪を拭いました。


「なんだ、かすみ。濡れたままじゃないか」
「ごめんなさい、このお屋敷があまりにも素敵だったものだから」
「馬鹿だなぁ、これから毎日見られるだろう?」
「だって…」


 かすみさんの目が、不安げに泳ぎました。呆れるように笑って、右三郎様は彼女の左手をぎゅっと握りました。


「まだ身分のことを気にしているのか? 僕の家が華族であるのも、お前が養育院の出なのも、何ら関係ないとあれほど言い聞かせたじゃないか」
「それは、そうだけれど…」
「僕は家を出て、画家として生計を立てる。お前と一緒に所帯を持つ。それがそんなに信じられないか? お前は、あんなに家庭を欲しがっていたじゃないか」
「ゆうさん……」


 涙に潤むかすみさんの双眸は、赤く、熱っぽく、右三郎様を見つめました。その想いを受け取ったかのように、右三郎様はズボンの衣嚢に手を入れ、隠していたものを取り出しました。
 そして、握っていたかすみさんの左手を取り、その薬指に取り出したそれ――びぃどろで作られた指環を、はめたのでした。


「まぁ…! なんてきれい…!」
「じいさんが、その鈴蘭燈と対で作らせたものさ」


 指環には小さな飾りがついていて、それは鈴蘭の蕾を模しておりました。環を成すびぃどろは深い色の赤と紫が折り重なって、妖しくも麗しい輝きを放っておりました。
 右三郎様はご自身の左手を、かすみさんの眼前にかざしました。その薬指には同様の意匠をした指環が既に嵌っておりました。


「欧州ではこうして結婚の証とするんだ。結婚指環と言うんだよ」
「結婚指環…」
「かすみ、俺たちは結婚するんだ。身分も出自も関係ない。この大正の世に相応しい、自由結婚をするんだ」


 耳元で囁く右三郎様のその言葉を、かすみさんはうっとりと聞きこんでいました。
 やがて二人は唇を重ねました。そこから漏れ出る水音を塗り潰すように外の叢雨がますます猛威を振るい、二人を別宅ごとこの世から隔離するかのようでした。
 それが右三郎様とかすみさんが共に暮らし始めた、最初の日でございました。



⇒⇒⇒本編に続く
【B5|44P|300円 COMITIAにて配布中】

※世津路の短編は年内に別の個人誌にて発行予定。
 
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Author:世津路章
一次創作小説を書いています。

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当ブログはリンクフリーです。ただし、アダルト・宗教系サイトは除きます。
◆作品
当ブログ及び小説家になろうにて、『ミス・アンダーソンの安穏なる日々』『八奈結び商店街を歩いてみれば』を連載しました。前者はおねショタ小説で、現在公開休止中です(無敵の女傭兵ミス・アンダーソンを抹殺すべく派遣された羊ショタ執事悪魔(レベル1)のどたばたコメディ)。後者は大阪のどっかにある商店街が舞台のなにわ人情お約束劇です。

アイコンは岡亭みゆ様にご制作頂きました。

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