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「正直、どうしてって思うよ? 何で自分ばっかこんな目に遭わなきゃいけないんだ、理不尽じゃないかって。だってほら、他の奴らはさ、揃いも揃ってのほほんとアホみたいに幸せそうにつつがなく毎日を謳歌してるじゃない? ホント不公平にも程があるよね。だけど―」


 そいつはわざとらしく顔の前にかざしたカメラで、もう一度パシャリと写真を撮ってから、手を下げた。


「それでも、足掻き続けなきゃいけない。それがどんなに惨めで、望みがなくても」


 千十世がそこにいた。

 自分たちよりも明確に年上の人間が現れたことで、いじめっ子たちの間に動揺が走った。なんとか焦燥を表に出さずにいられたのは野球帽くらいなもので、他の連中はあからさまに狼狽える。

 自ら助けを求めて叫んだはずの高橋少年も、涙にぬれる瞳をパチパチと瞬いた。

 そんな様子を余所に、千十世はあの性の悪い薄ら笑いを浮かべて、手の中のカメラを演技がかった素振りでいじめっ子たちにちらつかせる。


「まいったなーたまたま偶然通りかかったら暴行のシーン激写しちゃったー。記念にもう一枚撮っとこーっと」


 そう言ってまた道化っぽくシャッターを切って、少年をなぶるいじめっ子たちの様子を撮る。高橋少年の左右を固める連中は慌てて腕を放し、一歩後ずさる。だが野球帽はこれ以上遅れをとるまいと鼻を鳴らして、千十世に笑いかけた。


「いやなぁ、お兄さん。僕ら遊んでただけやで? 暴行なんてヒドいわ」
「あ、シラを切っても無駄だよ?」


千十世は片手をシャツの胸ポケットに伸ばし、その中にしまいこんでいたスマートフォンを取り出す。


「こっちの方で動画も撮ってあるから。鳩尾をグーでグリグリされてる子が泣き出しちゃう光景なんて、お遊びじゃ済まないよねぇ」


 そこまで聞くと、さすがの野球帽も平静な構えを崩した。だが他の連中と比べ狼狽える、という感じはない。面白いゲームを途中で取り上げられて、自分は何も悪くないのに、と拗ねるような素振りだった。

 千十世はそんな野球帽をねめつけて押しやり、高橋少年の前に立った。左右にいたいじめっ子は蜘蛛の子を散らすように退散し、それが合図となって他の連中も自分の自転車めがけて走って行った。

 高橋少年は気が抜けてしまい、その場にへたり込む。そして自分の前にいる千十世を見上げた。

 千十世の顔は、暮れる夕日の逆光になっていて少年にはよく見えなかった。ただ、その背の高さの割に威圧感のないことを、高橋少年は不思議に思った。

 自分を助けに入ってくれたこの人物の線の細さは、昔見た童話の挿絵を思い出させた。それは藁で出来た案山子の話で、案山子は森の奥底に捨てられた。意地悪な事ばかり口にしてせせら笑う案山子は森の動物たちからも忌み嫌われ、次第に誰からも忘れ去られ、ただひとりぽつねんと立ち尽くすという、救いの無い話だった。

 そういえば、あの案山子の最後はどうだったっけ…そんなことをぼんやり考えていると、千十世が自分に何かを差し出していることに気が付いた。


「学校側に訴えかける材料くらいにはなるんじゃない。おかーさんと話し合ってから、使ったら?」


 それは今し方千十世が写真を撮っていたカメラだった。


「悪いけど、動画の方はハッタリなんで諦めて。ホントたまたま通りかかっただけだから。…あ、それからいつもそうこんなタイミングよく行くなんて思わないでね? 助け呼んだところで総スルーとか世の中にはザラにあるっていうかそれがデフォルトっていうか」
「どうして、助けてくれたんですか…?」


 高橋少年のその問いに、舌を掴まれたように千十世の言葉は止まった。


 彼としては、率直な思いだった。この人は、先ほど切って捨てるような言葉で自分を突き刺した。きっと自分を軽蔑しているに違いない。それなのに、たまたま通りかかったからって、どうして―

 そのとき、遠くから無線放送で帰宅を促す『夕焼け小焼け』が流れてきた。それと合わせて、近くに立っている電灯が古ぼけた音を立ててチカチカ光って灯る。

 その薄い照明に照らされて、逆光に沈む千十世の顔がほんの少しだけ、浮かび上がって見えた。


「……さぁ、なんでだろうね」


 はにかむように、困ったように、笑っている。
 高橋少年はそれが何よりの答えだと、感じた。
 そして手を伸ばし、差し出されたカメラを受け取ろうとした―その時だった。


「そいつを…よこせっ!」
「!!」


 千十世の背後から誰かの手が伸び、高橋少年からカメラを奪っていった。


「こいつさえなけりゃ…!」


 そう言ってカメラを横取りしたのは、野球帽だった。他の連中が退散した後も気配を潜ませて、カメラを奪い取るタイミングを狙い澄ましていたのだった。

 圧倒的な優位を鼻にかけていた野球帽の余裕は、今や消散していた。それどころかこれまでしてきた自分の悪行が露呈するのを防ぐためならなんだってやりかねないような衝動に突き動かされている。

 だから奪い取ってからは、速かった。カメラを握った手を高々と掲げると、勢い任せにカメラを地面に叩きつけた。


「わっ!」
「あーあ」


 悲壮な悲鳴を上げる高橋少年とは対照的に、千十世は呑気な声を漏らした。自分の所持品が唐突に破壊されたことへの怒りはまるでみせず、代わりにニヤニヤと意地悪く笑っている。その手には―スマートフォンが握られている。


「おまえ…! 何しとんねん!」


 最初に見せた上辺だけの礼儀ももはや取っ払って、野球帽は千十世に掴みかかった。が、それをひらりとよけながら千十世が画面を弄ると、野球帽めがけてパシャパシャパシャ! と容赦のない連射音が降りかかる。


「敢えて言うならー、器物損害の現場激写? 持っててよかった連写アプリ☆ なんつて」
「~~~~~~~~~~!」


 野球帽は限界まで顔を真っ赤にして激怒していたが、とても敵わないと判断するだけの思考力はまだ残してた。


「おぼえとれよ…!」


 そう言って背を向け、自分の自転車に向かって走り出した。それを見て千十世は腹を抱えてわざとらしく大笑いする。


「あ、でた! 三流チンピラ御用達の逃げ台詞! いやー生きてるうちに聞けるとは思わなかったー!」


 高橋少年はどこまでもペースを崩さない千十世をぽかんとしていたが、ふと野球帽を見るとサドルをまたぎながらこちらを睨んでいるのが見えた。だが、不思議ともうそれを、怖いとは思わなかった。むしろ新喜劇の、成敗されて退場していくマヌケなヤクザのようで、なんだか笑えてしまった。


「あ、あとで住所と名前調べて連絡するからー! ちゃんと迷惑かけたところに罪償うまでつきまとうからねー!」


 そう言って大きく手を振って野球帽を見送る千十世を見ていると、一層笑いが止まらない高橋少年だった。しかし、その千十世の顔が急に、ギク、と強張る。

 なぜだろうと彼が視線の先を見ると―車道側の出口から出て行った野球帽の進行方向に、なずなに手を引かれた和希と―美也がいた。


「かっちゃん、みっちゃん、今日はごちそうやでー!」
「ひゅー! ピーザ! ピーザ!」
「ミヤ、だいふくがえぇ」


 公園の出口をすぐ出たあたりを、そんな他愛もない話をしながらゆっくりと歩いてる。やぶれかぶれになっている野球帽は、歩道を歩いている三人に構わず車道に突っ込もうとする。


「どけっ! 邪魔や!」
「キャッ!」
「な、なんやねん!」


 一番反射神経のいい和希がなずなと美也を引っ張って逸れ、間一髪直撃は避けた。

 だが―あまりにもギリギリだったため、野球帽がペダルをこぐ左足がぶつかってしまった。美也の、小さな肩に。


「ミヤっ!!」
「大丈夫、みっちゃん?!」


 その衝撃で美也はバランスを崩し、地面に崩れ落ちた。和希となずなの悲鳴が上がるのも無視して、野球帽は車道を渡り、右に進んでいく。


「あいつ、なんちゅうことを…!」


 野球帽の卑劣な振る舞いに、高橋少年も思わず声を上げた。が、そのときザッと何かが駆けていく音に横を見やると、さっきまでそこにいたはずの千十世がなぜかおらず―再び正面を見やると、残された自分の自転車に跨って走り出そうとしている千十世の姿が、そこにあった。


「ちょ、ちょっと、にいちゃん!?」


 突然の展開にパニックになっている高橋少年の声に耳もかさず、子ども用の自転車に立ち乗りになって、千十世は凄まじい勢いで走り出した。


   ◇◆◇


「ハァ…ハァ…なんやねんアイツ…!」


 野球帽はとにかくただ、八奈結びから離れることだけを考えて全速力で走り続けた。悔しさのあまり唇の端を噛みきってしまい、その口の中には血の味が充満していた。

 公園を出てから直線が続いていたが、ようやく角が見えた。とりあえずそこを曲がって、蛇行しながら帰途につくことだけが、今の彼に残されている道だった。

 それまでは、彼に悪知恵で敵う者などいなかった。何か気に入らなければ周囲を扇動して思い通りになるよう事を運ぶことが出来たし、傍目には利発な彼の言うことを大人は簡単に鵜呑みにした。全部が全部、自らの思うまま―それがそれまでの彼の人生だった。なのに。


「…クソがァ…!」


 上がる一方の息の合間合間に、生まれて始めて立ちはだかった壁への憎悪が漏れた。考えないようにしても、へらへらと笑いながら自分を追い詰めてくるあの男の顔が浮かんで、胸が焼きつくばかりだった。

 だが、なんとかそこから離れることには成功した。一度距離さえおいて冷静になれば、挽回のプランは必ず浮かんでくるはずだ。さっきまで向こうのいいようにされてしまったのは、予測していなかったことだから仕方がない―そういう論理が速やかに構築され、彼の粉砕された自尊心を修復しつつある、その時だった。

 氷柱で突き破られたような、冷たく鋭いプレッシャーが背中に走った。
 野球帽が肩越しに背後を覗いた、その刹那―

 ガシャアアアっ!


「ギャアッ!」


 彼は自分の身の上に何が起きたのか、正確にわからなかった。大きな衝撃が彼の全身を自転車ごとふっとばしたのだ。身体のあちこちから駆け昇ってくる痛みに眩む目を必死で瞬いて、野球帽は自分をこんな目に遭わせたものの正体を確かめようとする。

 その時になって、彼は体の上に自分の物とは違う自転車が乗っているのに気付いた。その車輪が、カラララ…ともの悲しく回って、先程まで地を駆けていたことを物語っている。


(走らせた自転車を、そのままぶつけてきたんか―?! でも、誰がそんな―!)


 野球帽の問いは、すぐに解消した。

 自転車に乗っている人間の後ろから追い上げてきて、その勢いのまま飛び降り車体をぶつけてくるなんて荒業をけしかけてきたその張本人は、逃げもせずそこにいて―野球帽にのしかかっている自転車ごと、彼を右足で踏みつけてきた。


「ぐぇっ! お、おまえ…!」


 自転車に挟まれて完全に身動きの取れない野球帽を呑み込むように、そいつの影が被さった。

 千十世だった。

 だがその様子が先ほどまでと明らかに違うことを、野球帽はすぐ察知した。
 人を馬鹿にするようなあの薄ら笑いも、腹立たしいまでに余裕を見せつける挙動も、どこにもない。

 その双眸は狂おしいまでに野球帽を捉えながらも、感情の一片もにじまないその顔は人間というより機械のそれだった。薄い唇が小さく開いて、しきりに何かを呟いている。その間にも、自転車の上から野球帽に対して加えてくる圧力は確実に強いものになっていて、彼はこのまま押し潰されるのではないかと恐怖した。


「わ、わかった! 俺が悪かった!」


 野球帽はみっともなく叫んだ。気が違ってしまったような千十世の様子を前にして、わずかに持ち直していた自尊心も消し飛んだ。ともかくこの場をどうにかしたい一心で、野球帽は次々と言葉を並べる。


「あいつのこと、もういじめへんから! 万引きした店にも謝りに行く! やから…やから許してぇや!」


 最後の一言を聞いたとき、それまでブツブツと動き続けていた千十世の唇が止まった。
 そして、自転車に乗せていた右手をゆっくり離す。それに野球帽は気を緩めた―


「許せるわけないやろ」


 その左耳のすぐ隣を、千十世は思い切り、踏み抜いた。

 爪先が、コンクリートの砂利をゆっくりと擦り慣らすのを、野球帽は間近で聞いた。反射的にそちらの方にやっていた目を正面にもどすと、自分の顔面のすぐ上に千十世が立っているのが見えた。


「おまえ…自分が何したかわかってへんやろ」


 さっきよりも少し大きな声で、千十世がそう言った。その言葉には先ほどまではなかった―というか平素の千十世にはほとんど見られない―大阪の訛りがあったが、無論そんなことに気づくだけのゆとりは野球帽にはない。


「そ、それは…いじめと…万引きと……」


 ダン! と、再び千十世が右の足を踏み鳴らした。


「ヒぃっ!」
「あー…やっぱわかってへんねや……」


 一度大きく鼻で笑って、千十世はしゃがみこみ、野球帽の顔を覗き込んだ。事態の流れがまるで分らず、ボロボロと大粒の涙を流している野球帽のその輪郭を左手で力任せに掴む。


「ほしたら教えたるわ…自分の身体でよぉ感じぃや―」


 一秒ごとに強烈に食い込んでくる爪先ですら、すでに堪えがたかった。だが右の拳を握りゆっくりと後ろに引いて構える千十世を見て自分が今からどうなるか直感した野球帽は、言葉にならない声を上げて必死に抗議した。

 その時になって、千十世の顔に表情が浮かんだ。
 それは痙攣してひきつるような、病的な笑いだった。


「お前が美也にかけた危害の何倍も、何千何万何億倍も! 俺が今から味わわしたるから!」


 絶叫と共に、その拳が振り下ろされる。



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おねショタ ファンタジー オリジナル 創作小説
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Author:世津路章
一次創作小説を書いています。

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◆作品
当ブログ及び小説家になろうにて、『ミス・アンダーソンの安穏なる日々』『八奈結び商店街を歩いてみれば』を連載しました。前者はおねショタ小説で、2017年7月に電撃文庫より刊行されました(無敵の女傭兵ミス・アンダーソンを抹殺すべく派遣された羊ショタ執事悪魔(レベル1)のどたばたコメディ)。後者は大阪のどっかにある商店街が舞台のなにわ人情お約束劇です。

アイコンは岡亭みゆ様にご制作頂きました。

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