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「なに、気に入らへんか? 贅沢な奴っちゃなー、本場ブロードウェイ仕込みのメイクやで?」


 歌でも口ずさむように、アキさんは言う。若い頃渡米したアキさんは、ミュージカルの聖地・ブロードウェイで舞台メイク千人切りをして腕を磨いてきたらしい。その真偽は誰も知らない。

 いつものなずなならここで食い下がるのだろうが、今日はそうはいかない。彼女は待ち合い椅子の上に出しっぱなしにしていたティーン誌を、むんずっ! と掴み、半泣きになりながらアキさんに突き出す。


「ちゃんと言いましたやんかぁ! こういうのがええって!」


 示された見開き特集ページは次のように続く。


『片思い女子の新定番☆キラキラサマーラブリーメイクアップ―カレをデートに誘っちゃう? 勇気がもてない女子はコレ!』


 コレ! と矢印が伸びた先には、雑誌の専属モデルだろうか、可愛らしい女子がメイクする様子が段階的に写され、最終的には仕上がった化粧とおあつらえ向きな浴衣姿になってポーズを決めていた。確かに、こんな娘が小首を傾げて「ね、デートしよ?」なんて言った日には大抵の男はイチコロ、そんな有様である。

 が、アキさんは惑わされない。パッと箒を手放したかと思えばその勢いでなずなから雑誌をひったくり、逆に突きつける。


「この化粧が似合うのは、このモデルみたいな〝パッチリ猫目・薄めの眉毛・控えめな鼻・薄めの唇〟な顔立ちの娘だけや! この浴衣が似合うのは、こいつがスレンダーなモデル体型やからや!」
「うっ!」


 怯むなずなに追い打ちをかけるよう、アキさんは雑誌を下げるとその代わりに、どこから出してきたのか、大きめの手鏡をバッとかざす。


「ほぅれ、現実と向き合うお時間やで? 自分の顔をよー見てみ?」


「うっ…ううっ……」
「垂れ下がった目尻・濃いめの眉・上向いた鼻先・ぽってり唇、おまけに乳やの腹やのでこぼこだらしなくでっぱった胴体―ほぅらどないや? 似合う思うか? キラキラサマーラブリーメイクアップが!!」
「うっ…うえええええん!!」


 容赦なきアキさんの舌鋒に、珍しく昂ぶっていたなずなの気勢もあっけなく殺がれた。なずなは手鏡の映しだす現実から逃れようと、両手で顔を覆い、しゃがみこむ。いたいけな彼女にとどめを刺さんと言わんばかりに、アキさんがひとつ息を吸い込んだところで、


「もうその辺にしとき、アキ」


 と、穏やかな声が制止した。
 ぐ、と、アキさんが振り返ると、奥のソファに腰かけていた声の主が静かに立ち上がり、ふたりへと近づいてくる。


「こんなか弱い子を、やたらめったらいじめるもんやないで」
「ううっ…タマばあっ!」


 なずなはこの助け舟に、すぐさま飛びついた。名前を呼ばれたタマばあは、抱きついてくるなずなの背中をやさしくさすってやる。なずなとは頭ふたつ分以上背の低い彼女であるが、溢れ出る包容力がその身体を実際以上に大きく見せる。

 さっきまでノリノリだったアキさんも口を噤み、いたずらが見つかった猫のように素知らぬ顔して明後日の方向を見ている。
毒舌で定評のあるアキさんが太刀打ちできない数少ない存在、それがタマばあだった。アキさんより更に齢を重ねること七四歳。八奈結び商店街でも最古老組に位置するタマばあの物腰はいつでも柔らかいが、このときばかりはアキさんに対して顔を険しくする。


「そない身も蓋もないことばかり言うてどないすんのん。年頃の娘さんはこういう雑誌見て、自分に合うのん合わんのんて化粧のやり方覚えていくもんやろ。最初から似合わんから止めとけ、言うのは乱暴とちゃうか?」
「タマばあ…!」


 後光が差しそうな援護射撃に、なずなが顔を輝かせる。が、アキさんはそっぽを向いたままだ。年齢不相応に口元をひん曲げている。


「ハッ、そんなんはバイトでもして自分で稼ぐようになってからやったらええねん! 親のスネ齧って生きよる分際で厚かましい!」
「ぬぬ…それはその通りやけど…」なずなが口をもごもごさせながら言う。「ほしたら最初から断ってくれたらええやないですか!」
「いや、そこは面白そうやったから」


 悪びれもなく返すアキさんに、ズッコケそうになって何とか踏ん張るなずなである。


「面白そうて! うちこの顔で商店街歩いてもうたんですよ?!」
「やから言うたやろ、顔隠してけって」


 シレッと言うアキさんだが、約三十分前に『化粧した顔っていうのはな…すきな人にいの一番に見せるもんや。やないと魔法の効果が薄れるからな』と、ちょっといい感じの雰囲気でなずなに告げたのは同じ口だった。
 そして、


「あんたもあんたやで、指定のメイクとまるっきり違うんくらいされててわかるやろ。おまけに仕上がり鏡で確認せんと飛び出して…どんだけテンパってんねん」


 と、揺るぎなく責任転嫁をしてきた。

 今更になってなずなは、自分がお客さん用の椅子に案内されずソファに座って化粧された理由を悟った。極力鏡を見せないようにという画策だったのだ。確かに何の疑問も持たなかった自分も悪いのだが、


(お、お、オトナって、ズルい!!)


 乙女心を踏みにじられた怒りは当然治まらない。

 が、反論したくてもうまく言葉が出てこず、なずなは再びタマばあに泣きつくしかなかった。タマばあが優しく背をさすりながら、アキさんをたしなめようと口を開いたところで、


 チャリチャリチャリン!!


 と、店のドアベルがけたたましく鳴った。
 そして小柄な影が店内に飛び込み、


「アキさん!! うちにメイクして!!!」


 と、金切り声をあげた。
 キンと耳にくるその声に、なずなは一瞬くらっとするが、同時に聞き覚えがある気がしてこの闖入者を見やる。


「…ユキ?」


 息せき切らせ、阿修羅のごとき形相で構えるその闖入者は、なずなの友人・ユキだった。


   ◇◆◇


 八奈結びも朝九時を迎え、シャッターがあちこちでガラガラと上がっていく。ビューティ・アキも開店の時間ではあったが、店先の看板は〝閉店〟を示したままである。

 店内では、奥に設えられた来客用のスペースで重苦しい沈黙が流れていた。背の低いテーブルを挟んで二人掛けのソファが向かい合い、そこにきっちり定員が腰かけている。アキさんとタマばあ、舞台メイクを落としたなずなとユキである。テーブルにはあえてあたたかい緑茶と、端の方にタマばあ持参の刺繍セットが置かれていた。

 この状況に至るまでがまたひと騒動だった。ユキは興奮しきって「とにかく! メイクして!!」しか言わないし、なずなは濡れ布巾でメイクを落とそうとしてアキさんの雷を受けるし、しっちゃかめっちゃかであった。それを巧みに捌いて三者を席に就かせたのは、タマばあの年の功の賜物である。


「ほんで、ユキちゃん…いったいどういう事情やのん?」


 タマばあが茶をすすりながら、何気ない口調で聞いた。促されて湯呑に口をつけていたユキは、憮然としながらも大分気が落ち着いたようだ。ショートカットが涼やかな首回りをハンカチでぬぐうと、持っていたポーチ・バッグに手を突っ込む。中から一枚の写真を取り出し、テーブルの上に置いた。


「ともかくアキさんに、化粧してほしいんや。これと似たような顔に」


 そう言われ、一同は写真を覗き込んだ。

 写っているのは、ひとりの女子高生―隣町の学校の制服を着ている。小柄で華奢な体型に、ふんわりとしたゆるい巻き毛の長髪、黒目がちで睫毛の長い眼差し、可憐な唇―要するに、美少女である。どことなく隠し撮りの趣漂う画面以外に、大きな問題は見当たらない。

 タマばあが湯呑を置いた手で写真を取り、しげしげと眺める。それを隣のアキさんが一瞥するも、また拗ねたようにそっぽ向いてしまった。年甲斐のない彼女の振る舞いに、タマばあは困ったように微笑みながら、ユキにやわらかく訊ねる。


「これは誰なん?」
「…隣町の立花優理」
「あ、名前聞いたことある!」写真を見て放心していたなずなが言う。「なんやごっつかわいい娘がいるって…へぇ、これが…」


 一時期、なずなの学校でも噂されたことがある少女だった。隔たった場所でも評判が上るなんてどれだけの美人なのだろう、とそのときは不思議に思ったものだが、写真を見て納得する。いつも写真写りに悩まされるなずなからすれば、なんの準備もなく隠し撮りされてもこれだけ可愛い、なんてことは想像もできないことだった。まるでアイドルのオフショットのようだ。


(……あれ? でもなんで、ユキがそんな写真持ってるんやろ…?)


 自分の身の上に起きた事件に加え、ユキ乱入のインパクトでごちゃごちゃになっていたなずなの頭の中、ようやく違和感が仕事した。

 そもそも、ユキの顔を見るのが久しぶりだった。夏休みに入ってから親しい友人と遊びに出かけることは何度かあったのだが、なぜか誰もユキとは連絡が取れなかったのだ。家族と旅行でもしてるんかいな、とみんなして首を傾げていたのだが―

 このときになって、ゾクリと悪寒がなずなの背に走った。ユキは喜怒哀楽が激しく、ときどき、予想もつかないような行動力を発揮する。それは大抵なずなたち友人のためのことであった。が、今このとき、そのエネルギーはどこにも向かず、自分自身の中でぐるぐるととぐろを巻いているような―


「この顔になって、あんたは何をすんのん?」

 ぴちゃん、と冷や水が滴るような問い。
 アキさんがユキに向きなおって、まっすぐ見つめながら言った。

 そこには小娘をいいように弄ぶいたずらなオバチャンの面影は、もはやない。白刃の切っ先を相手の喉元に突き付けるようなその気迫に、なずなは息を呑む。こんな顔をするアキさんを見るのは、初めてだ。

 だがユキはこの問いに怯まず、クマの出来た目に妖しいきらめきを迸らせ、答える。


「復讐や。うちのことバカにしたあいつを、ギャフン言わせたんねん」


 あまりにも不穏当な返しに、なずなはあんぐりと口を開けた。

 ユキが冗談で過激な物言いをすることもあると知ってはいたが、こんな本気になっているところは見たこともなかった。そしてなぜ彼女がこんなにも思いつめ、その選択をしたのか、それもまるで見当がつかないのだ。夏休みに入る前までは、決してこんな暗い感情をユキが見せることはなかった―それどころか、いつもどこか心を弾ませた風で、輝く笑顔すら見せていたのに。


「……荒療治が、必要か」


 小さく呟かれたその言葉がいやに明瞭に聞こえ、なずなはギクリとした。
 はっと顔を上げると、アキさんがユキに顎でしゃくってお客さん用の座席を示した。


「座り。化粧、したるわ」



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おねショタ ファンタジー オリジナル 創作小説
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世津路章

Author:世津路章
一次創作小説を書いています。

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◆リンクについて
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◆作品
当ブログ及び小説家になろうにて、『ミス・アンダーソンの安穏なる日々』『八奈結び商店街を歩いてみれば』を連載しました。前者はおねショタ小説で、2017年7月に電撃文庫より刊行されました(無敵の女傭兵ミス・アンダーソンを抹殺すべく派遣された羊ショタ執事悪魔(レベル1)のどたばたコメディ)。後者は大阪のどっかにある商店街が舞台のなにわ人情お約束劇です。

アイコンは岡亭みゆ様にご制作頂きました。

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