回り込み解除

 辺りが徐々に、宵闇に呑まれていく。

 八奈結び神社は、商店街から歩いて十分。道中は一軒家が多く、ところどころに商店やコンビニがあるくらいだが、お祭りに便乗して屋台が並んでいる。大半の店でもう準備は終わっていて、早く集まってきた人を相手に商売を始めているところもある。境内に導くように通りを縁取る祭提灯。そこに明かりが点るのも、もうしばらくのことだろう。

 ユキは植川とふたり、神社に向かってそぞろ歩きしていた。

 綿菓子いる? かき氷は? そう訊かれはするのだが、ユキは俯いて首を横に振るばかりだった。この様子を、植川は不審に思ってもよかった。が、お祭りの醸しだす非日常感と、何より評判の美少女を連れて歩いているという事実が、彼を異常に興奮させていた。ろくにユキの顔を覗き込むこともしない。


(…ほんま、しょーもな)


 俯いたユキは、揺るがない勝利にはやって笑い出さないよう、必死で堪えていた。

 もうすぐで、事は成る―終業式から今日まで、ずっとずっと練り上げてきたこの復讐は、あと少しで成就するのだ。

 最初の一週間は、立花優理のストーキングに費やした。どういう仕草で、どういう表情で、男たちを丸め込むのか観察しながら研究し、なりすますために最適な写真を撮った。それと同時に、植川宅に手紙を投函した。適当な理由をでっち上げて今日のデートを提案したら、書き添えていたメールアドレスに即行で返事が来た。それからというもの、メールでやりとりをしながら、今日を迎えるための予行演習を何度も隠れて行った。バス停での待ち合わせ練習から始まり、商店街の街歩きは何パターンか考えて、最後―八奈結び神社の境内、その裏手の茂みに誘い込む。その道のりを、自然と辿れるよう、幾度となく歩いた。

 その努力は、着々と結実している―神社の鳥居をくぐった。ユキは心の中で快哉を叫ぶ。

 境内は既に、まばらにだが人が集まっている。商店街の見知ったおじさんもいた。これなら申し分ない。

 す、と、道から外れ、玉砂利の上を歩いていく。あくまで自然な足取りで。さすがの植川も、え、と疑念を滲ませた声を漏らしたが、ここでユキはくるりと振り返った。

 愛らしく小首を傾げ、人差し指を口に当てる。

 とたんに、植川の目じりがだらしなく垂れ下がった。見るに耐えなくて、すぐ前を向く。植川は意図を理解したようで、雑に玉砂利を鳴らしてついてくる。それがユキの筋書きに指定してある意図だとはまるで気づくこともなく。

 クライマックスだ―ユキは知らず、唾を呑んだ。

 八奈結び神社は、広い。社の裏手は木が深く茂っていて、子どもたちは立ち入るなと固く言いつけられている―それを逆手にとって誰も来ないのをいいことに、ヤンキーのカップルがよく使用している、というのは暗黙の了解だ。

 そういうところに、誘い込む―有頂天の植川なら、それがどういうことなのか、都合よく解釈してくれる。

 しかし、そう深いところまで入り込む気はユキにはなかった。走ればすぐ人のいるところまで戻れるような、絶妙なラインで立ち止まる。

 黒々とした木々の葉、その影が、ざわざわと蠢く。陽はとうに落ち、祭のざわめきも届かない。社に灯るあたたかな祭提灯に、照らされることもない―おあつらえ向きだ、と思った。あとは準備した筋書き通り進めるだけだ。


「ねえ、植川くん…大事な話が、あるんやけど」
「な、なんや?」


 ワンピースの裾を恥じらうように指先でもてあそびながら、ユキは植川に向きなおった。 
適当な告白をして、植川のテンションを最高潮にまで上げる。〝目を瞑って〟―そう言えば勝手にキスするものと思い込み、喜んで両目を閉じることだろう。そのマヌケ面を、すかさずスマートフォンで激写する。さすがに気づくだろうから、そのときにネタ明かしをしてやるのだ。

 そして全力で、社の方に走って行く―

 男に襲われるその直前、ほうぼうの体で逃げだした可憐な女子を装って、大声で助けを求めながら。

 そうして植川は捕まって、大人たちに絞られる―上手くいけば、警察に補導されるだろう。勿論、マヌケ面を激写した画像はSNSというSNSに、実名つきでばらまいてやる。

 そうまでしてようやく、あの日の屈辱は雪がれるのだ。


「あのな、私、植川くんのこと―」


 あと一言、そこで突如喉が萎縮した。

 口をパクつかせる。ユキの想いに反して、喉が音を立てるのを拒否している。

 あの日と同じ言葉を再び、目の前の男に言うことを、全身が、制止している―


「立花さん…?」
「あ、…ぅ……!」


 植川が訝しげに呼びかけてくる。それに反応して冷や汗が、ユキのこめかみを伝った。ここでバレてしまっては、すべてが水の泡だ。

 しかし、驚嘆すべくは浮かれた男子高校生の楽観だ。植川は万事承知している、と胸を張らんばかりに明るい声を出す。


「あのさ、そんな緊張せんでええって! 俺、立花さんみたく可愛い娘やったら大歓迎やし! なにも心配いらへんで?」


〝大事な話〟が自分への告白であることを、彼は微塵も疑っていなかった―そこに、ユキは安堵すべきであった。自らの計画がまだ破綻に至っていないことを、喜ぶべきであった。でも。


「可愛い…?」


 ユキは知らず、自らの顔に指を沿わせていた。
 そんなことを男子に言われたことがなかったと、ぼんやり思った。そして即座に否定した。

 自分が可愛いのではない。顔の上、薄皮一枚を覆っている、立花優理の化粧が可愛いのだ。

 そこまで考え至って、ある感覚が全身をぞくりと侵した。

 自分でないものが自分として賞賛される矛盾―そこから生じる、致命的な違和感。
 例えるならそれは大きな毒蜘蛛が、背を這っているような気色の悪さだった。

 ユキの声音が、先ほどまで繕っていたものと違うことに気付かず、自慢げに植川は続ける。


「そ! うちの学校でもみんな知ってんでー、立花さんがめっちゃかわ」
「可愛いなかったら、あかんの?」


 言葉を遮られ投げかけられた問いに、植川は鼻白んだようだった。だがその問いの―溺れる者が藁をも掴もうとして差し出した手のようなその問いの意味を、よく考えもせず、単純に返す。


「んーまーそのー…なんていうか……やっぱブサイクやとちょっと、なあ?」


 びくり、とユキの身体が痙攣する。
 その次に植川の言うことが、なぜか彼女にはわかっている。


「まあ、一例やで? あくまで一例なんやけど…実は終業式に隣のクラスの女子から告白されて……ははっ、せや、もーこれめっちゃウケんねんけどさ」


 ガチガチと、ユキの歯の音が鳴る。
 両手が、ぶるぶると震える。

 いやだ、やめろ、それ以上聞きたくない。

 だが植川は軽薄に笑いながら、


「なんとかユキ、って名前やったかなー、もう顔真っ赤にしてサルみたいで! キーキー馬鹿みたくカン高い声で、何ゆうてんかも聞き取れんくって! あれだけは勘弁! ってダチとも言っててん」


 ギロチンの刃を落とすように、そう言った。

 ぷつん、と、張りつめていたユキの気持ちが血飛沫をあげて切り落とされる。
 思い出し笑いもひと段落し、続きを植川が口にする前に、彼女は膝から崩れ落ちた。そのまま蹲る。

 涙を、堪えることができない。
 あの日泣いて、泣いて、涙腺が干乾びるまで泣いて、とっくに尽きたはずなのに。

 この屈辱を晴らすために、今日まであらゆる努力をしてきたのに。
 復讐が果たされる今、この傷ついた心は報われるはずだったのに。


(なんでや…なんでや…! なんで、身体、言うこと聞かへん…!)


 ただ、泣きわめくことしかできない。あの日と同じ―いや、それ以上の感情が今、彼女の中で荒れ狂っていた。こんな思いを二度としてたまるか、そう思っていたのに、それよりもなお酷く―ジュース・ミキサーで無残に切り刻まれるような、そんな激痛が彼女を苛んでいる。


「え? …えー、何コレ?」


 さすがの植川もうろたえはじめる。
 だが結局、彼が状況を把握することはなかった。

 というのも―


「馬鹿は! あんたや!! ぼけえええええええええええええ!!!」


 と、どこかひ弱さのある、しかし切迫した怒号が背後からして


「とりゃあああああああああああ!!」


 と、続いてタックルをかまされ、盛大に身体ごと吹っ飛んだからである。

 ユキはこの予想外の乱入に、慌てて顔を上げた。
 さきほどまで植川が立っていた場所に、別の誰かが肩息をして、仁王立ちで立っている。

 なずなだった。

 彼女は、ぽかんと自らを見つめるユキにはまるで気づかず、つい今しがた自分が体当たりして地面にへたばらした植川に、びしっと人差し指を突きつけた。


「あんたにな! ユキの何がわかるんよ!」


 完全に理性などふっとばし、猛る。


「いつだってみんなを盛り上げて! 落ち込んでる娘を一生懸命笑わせようとして! 困ってるおばあちゃんがいたらほっとけんで! そんな、そんなユキのことを…っ」


 普段は気弱で、頼りなく笑っているばかりのなずなが顔を真っ赤にし、肩を怒らせて、植川を睨みつけていた。その顔は涙でぐちゃぐちゃになって、夏だというのに熱気でメガネのレンズが曇っているほどだ。

 ―許せるわけがない。
 大事な友達を、こんな侮辱されて。

 一際大きく息を吸い込み、


「なにがサルや! あんたの跳ね散らかした髪のほうが、よっぽどサルやわ!!」


 なずなは植川に思いの丈をぶつけた。
 だがよっぽど収まらなかったのか、足もとの玉砂利をひっつかみ、彼に投げつけようとするので、


「も、もうええから、なずな!!」


 ユキは慌てて立ち上がり、彼女の身体を背後から抱き留めた。

 なずなの手からパラパラと、玉砂利が零れ落ちる。だが気勢は殺がれず、その眼光が―といっても、やっぱりどこか鋭さに欠けるのだが―キッとユキに向けられる。


「ユキもユキやわ! なんでこんなん、話してくれんのよ! こんな、こんなかなしいこと…」


 そこでようやく、気が弛んだらしい。うええええん! と、大泣きし始めた。

 打ち所が悪かったのか気絶しているらしい植川のことが、若干気にかかったものの、ユキはなんとかなずなをなだめながら、一緒にその場を後にした。


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◆作品
当ブログ及び小説家になろうにて、『ミス・アンダーソンの安穏なる日々』『八奈結び商店街を歩いてみれば』を連載しました。前者はおねショタ小説で、現在公開休止中です(無敵の女傭兵ミス・アンダーソンを抹殺すべく派遣された羊ショタ執事悪魔(レベル1)のどたばたコメディ)。後者は大阪のどっかにある商店街が舞台のなにわ人情お約束劇です。

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