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第4回Text-Revolutionsにてコピー本頒布した作品です。
『報酬系の使徒たる彼女等』内収録の『例えばC君が箱を出るに至る話』に、ちょびっと関係があります。

あくまでプロローグですが、本編は未定です(オチはC君に書いてあります)

それでは、本編は追記からどうぞ。


おねショタ オリジナル 小説 創作文芸
 


 午後二時。日比谷公園。うららかで何の変哲もない、昼下がり。あたたかな春の日差しが降り注ぐ園内に、無遠慮に紫煙を垂れ流す輩が一人。

 名前は松永聡一郎、四十三歳。糊の利いていないよれたシャツに、いい加減な結び方をしたタイ。薄汚れたコートとスラックスは陽光の中にぼけて霞み、猫背姿の男を一層覇気無いものに仕立て上げている。無精髭の生えた顔を欠伸に歪め、ボサボサの短髪を乱暴に掻く。これで一応警察官だが、威厳はまるで見当たらない。

 昼はランチ帰りのリーマン・OLで賑わう公園だが、今は人影もまばらだ。小うるさい後輩をのらくらかわしてサボりにやってきた松永は、どこか午睡に最適な木陰はないかと億劫に視線を巡らせた。今日も変わり映えのない憩いの場に、くああ、とあくびを漏らす――

 そこに、奇妙な違和感が走る。


(……なんだ、ありゃあ?)


 日比谷公園の中心に座する、涼やかな噴水。今も水が景気よく噴き上げられているその淵に、腰掛けている小さな影。

 歳がやっと十にもなろうという少女。

 平日の、ビジネス街のど真ん中にある公園を訪れるには不似合いだ。親子で皇居周辺の散策に出掛けて、そのついでに立ち寄った……というのが妥当な線だが、両親の姿は見当たらない。だからといって、迷子の類とも思えない。姿勢よく座る彼女の姿はいやに落ち着いていて、そう、


(悠然としてやがる――)


 まるで自分が、この世の所有者だとでも言うかのように。

 ふと浮かんだその考えに苦笑しながら、それでも松永は何故か少女から目を離すことが出来なかった。周りを過ぎゆく人々のように無視することも出来たが、少し悩んだ挙句、松永は簡単に声を掛けることにした。刑事としてのなけなしの良心が働いたのと、もうひとつ。


(生きてりゃあ、あのくらいの歳だもんなぁ……)


 脳裏を掠めた感傷を、吸い掛けの煙草とともに携帯灰皿に押し込む。少女の前にやってくると、なるべく不審に見えないよう不器用に微笑みながら優しく話しかけた。


「お嬢ちゃん、迷子かな? 親御さんとはぐれたってなら、すぐそこに交番があるから連れてってやろうか?」


 己の外見が怪しいことは重々承知の上なので、あえて交番と口にする松永である。だが少女の反応は訝しむでも、戸惑うでも、安堵するでもなく、


「迷い子は、わたしではなくあなたの方」


 と静かにそう言った。


 刹那、ぞ、と、松永の背筋に悪寒が走る。


 それが何なのか、彼は知っている――警察組織に身をおいて二十数年、現場の第一線に立ち続けることで磨き上げた、第六感。こんな小さな子ども相手に働くはずのない、感覚。

 何よりも頼りにしているその感触がこんな時に現れるなど、平和ボケが一週周って狂ったか―密かに動揺しながら、それでもまだ口許に笑みを貼り付けて、松永はもう一度問う。


「そりゃあ、漫画かなんかの台詞かい? 生憎、おじさんそっちの方はサッパリでね……ああ、俺は松永って言うんだけど、お嬢ちゃんはなんて名前だい?」


 言いながら、松永はどこか空々しい気がしてならなかった。体内を駆け巡る警鐘は、今や無視できないほど明瞭だった。


 何だ? 何が違う? 何がおかしい?


 春になったばかりの、陽光もまださして熱を持たない時分だというのに、松永はアンダーシャツの下にじとりと汗を掻くのを感じた。こうしているだけで、致命的に手遅れ――脳膜に爪を立てるかのような焦燥に、恥も外聞もなく駆け出したくなる。

 得体の知れない直感に惑う松永に対して、少女はどこまでも平静だった。

 小さく、形の整った赫い唇をきゅっと吊り上げる。


「わたしの名は、あなたの思うがまま。わたしの存在は、あなたの願うがまま――」


 そして少女は音もなく立ち上がり、見上げて松永の目を覗き込んだ。

 彼は瞬間、呼吸を忘れた。

 雑然とした世界の只中に在って、ただ彼女は際立つようにうつくしい。そうなるべくして一から十まで、その凡てを仕組まれて造型せられたかのように。

 細やかな長い黒髪、淡雪を敷き詰めたような肌。両袖のない上品なブラウスと濃紺のプリーツスカートに、タイツと肘までの手袋をつけたその出で立ちは、精緻に創り上げられた人形にすら見える。

 とりわけその双眸が。

 大きく、黒曜石を填め込んだようなその両眼が。

 その奥に、松永を根こそぎ吸い込みかねないような、茫漠とした虚無を湛えていて。


「さあ、あなたは何を望む?」


 少女は天使が歌うように続ける。


「何だっていいわ。見捨てられた可哀想な子どもでも、慰み者にするための愛玩道具でも、何にだって、なってあげる――《あなた》が一番救われる《わたし》になってあげる」


 およそ年齢不相応な言葉を軽やかに、微笑みながら言う。その声は松永の鼓膜を甘美に穿ち、脳を侵食した。もう何千、何万と、繰り返してきた睦言のように。

 まるで少女のその存在全てに自らを抱きしめられているような――そんな幻惑すら抱く。果てしなく異様な少女に呑まれてしまった松永は何も返せないでいたが、


「あなたの殺された奥方か娘さんか、そのどっちにだってなれるわ。どう?」


 その言葉に、考えるのを止めた。

 ――松永にはかつて、妻子があった。

 大切な宝物だった。それが十年前、生まれたばかりの娘を連れた妻が、日中銀行へ訪れたとき、強盗事件と遭遇し、その犠牲となったのだ。

 松永にとって心の急所といえるその事実を、今日初めて出会った少女がなぜ知っているのか―この少女は一体何者なのか――

 そのようなことは、もう彼にはどうでもよくなってしまった。


「嬢ちゃん、世の中のことをよく知らねぇようだから憶えておきな……」


 腰を屈め、見上げる少女の顔に自らのそれをグイッ、と突き付ける。


「ゴッコ遊びのつもりだろうが、人には触っちゃいけねぇラインってもんがある。ましてそれを弄ぶようなマネは言語道断だ」


 そこまではなんとか押さえつけていた感情が、決壊する。


「お前さんは簡単に俺の失くした家族になれるみたいなことを言うが……んなことはありえねぇんだよ。あいつらの代わりなんて、この世のどこにもありゃしねぇんだ!」


 怒号を真正面から浴びて、少女はその大きな双眸を瞬いた。フン、と鼻を鳴らしながら、松永は背筋を正すと、苦虫を噛み潰すように言う。


「ったく、気に入らねぇなぁ……一体何の受け売りだか知らねぇがロクでもねぇ。俺が何を望むか、だと? んなもんお前さんの知ったこっちゃねぇよ! ガキはガキらしく、手前の心配しとけ!!」


 と、言いたいことを全て吐き出す。それでも踏み込まれてむしゃくしゃした胸の内は収まらず、一服しようと煙草のボックスを胸ポケットから取り出したところで気がつく。


(おいおい、子ども相手に何マジになってんだよ、俺ぁ……)


 気恥ずかしくなって、つい辺りを見回す。しかし不思議と、誰も松永たちの方を向いていない――

 それどころか、誰も、いない。

 噴水が流れる音だけが、いやに明瞭に内示を穿つ――
 無人の日比谷公園の醸す不穏当な空気に松永が息を呑んでいると、目の前の少女が身を屈めた。


「うふふ………あははは! あっははははは!」


 先ほどまでの剣呑な物言いが嘘のように、屈託なく笑っている。

 その変わり様に松永が目を白黒させていると、少女は笑いやんで、潤む眦を絹の手袋に包まれた右手で静かに拭う。


「そんなことをわたしに言ったのはあなたが初めてよ、マツナガ! ああ―とっても素敵な気分!」


 呼び捨てにされて年甲斐なくカチンときた松永だが、叱るより前に少女が口を開いた。その顔に、愉悦の笑みを浮かばせて。


「だからこれは褒美よ。一度しか言わないからよく聞いて」
「はぁ? おい、さっきっから何を言って――」
「午後二時三十分丁度、スイラン銀行日比谷支店を武装集団が襲撃。店内の資金を強奪した後、現場を爆破して離脱、逃走する」


 ぞぞ、と、再び背に駆ける第六感。
 それは何よりも松永が頼りにしてきた―刑事としての勘。


「でもそれだけでは終わらない」少女はなおも微笑みながら続ける。「《我が子》たちは第ニ、第三と、十五分刻みで方々に襲撃を展開するわ。どこに、っていうのはヒントが過ぎるから言わないでおくわね。頑張って探して頂戴」
「お前……っ、言っていい冗談の区別もつかねぇのか!」


 松永が思わず少女に掴みかかろうとしたそのとき、スラックスのポケットに放り込んでいた携帯電話がけたたましく鳴った。やむを得ずそちらを優先して出ると、後輩の秋田が切迫した声で告げる。


「先輩、大変です! スイラン銀行日比谷支店が銃を持つ集団に占拠されたとの通報がありました! 手が空いてる者は直ちに急行せよとのこと!」
「っ!?」


 思わず携帯電話を取り落としそうになるが、何とか堪える。受話器の向こうで秋田がまだ金切り声を上げているが、松永の耳にはもう入ってこなかった。

 わずか刹那、目を逸らしたその隙に――そこにいたはずの少女は、忽然と姿を消していた。

 そして噴水の淵、元は彼女が座っていた所にいつの間にか小さな紙片が置かれている。


『マツナガ、わたしには名前がないの。だからあなたが付けてくれると嬉しいわ。またいつか、会った時に聞かせて頂戴――《君臨者》より』


「……あのガキ……っ!」

 松永は駆け出した。
 今まさに火蓋の切って落とされた始まりに向かって――




 ――有り得べきひとつの可能性としての二〇五五年、東京。

 謎の人物《君臨者》を首謀とするテロリスト集団が現れ、この巨大な都市は脅威に晒されていた。狂乱する社会を奔走し、この不気味な者どもの陰謀を暴こうと足掻くひとりの刑事がいた。

 名前は松永聡一郎。
 唯一、《君臨者》の顔を見た男――


 ふたつの異なる足跡が再び交わるとき、何が起こるのか――それをまだ誰も知らない。




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元ネタは『少女連鎖』です(エロゲだから検索注意)。
『少女連鎖』は絶対君臨ヒロイン・まゆら様の加護を受けて予定調和的幸福が保たれている世界なのですが、作中一度だけ彼女が「まゆら、つまんない」ってポツリとこぼすところがあって、他のどのシーンよりそれが印象に残っています。みんなまゆら様がいるからしあわせだけど、じゃあまゆら様のしあわせって何なんだろう。それはみんなのしあわせ、っていう模範解答は残酷に過ぎる気がして。
それはさておいて由梨絵さんの頭のねじ外れたところがすきです。


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当ブログ及び小説家になろうにて、『ミス・アンダーソンの安穏なる日々』『八奈結び商店街を歩いてみれば』を連載しました。前者はおねショタ小説で、現在公開休止中です(無敵の女傭兵ミス・アンダーソンを抹殺すべく派遣された羊ショタ執事悪魔(レベル1)のどたばたコメディ)。後者は大阪のどっかにある商店街が舞台のなにわ人情お約束劇です。

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