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嵐を呼ぶ!オラと宇宙のプリンセス



『黄金のスパイ大作戦』で、見事なお下品ギャグムービーを作り出してくれた増井監督&こぐれ脚本。同タッグでさぁ次はどう攻める? という20周年作品が『オラと宇宙のプリンセス』ですが、今回のコアはなんと、


 哲学。

 マジで。クレヨンしんちゃんで哲学。


 フタを開けてみると評価が低い本作なんですが、それは劇しんに求められる〝おバカで泣ける勧善懲悪〟という軸から外れているからなのかもしれません。『オラと宇宙のプリンセス』はそれくらいに異色作で、いつものノリを求めていくとちょっと肩透かしを食らった気分になるのかも。ただ、それでも私はオススメしたい……! こうした路線を描くことができる、という『クレヨンしんちゃん』の懐の深さを如実に感じることができるからです。

 今回はしんちゃんの妹・ひまわりにフィーチャーされています。ある日、些細なことがきっかけでひまわりとケンカしてしまうしんちゃん。みさえとひろしからは「お兄ちゃんなんだから」と諭されますが、それが受け入れられず、「それなら妹なんていらないゾ!」としんちゃんは怒ってしまいます。そこに突如現れた謎の二人組。彼らは地球の兄妹星・《ひまわり星》からやってきた宇宙人で、世界の危機のためひまわりを自分達の星に招く必要があると言います。そこからなりゆきでひまわり星に連れてこられた野原一家は、手厚い歓待を受けながらもひまわりと引き裂かれてしまうのです。

 話の流れとしては、世界の危機と引き換えにひまわりを手放さなければならなくなってしまった野原一家が、大事な家族の一員を取り戻すべく奮闘する、という筋。特に、騒動のきっかけを作ってしまったしんちゃんが、誰に言われたのでもなく自分自身でひまわりの《兄》であることを選び、必死になってひまわりのもとに駆けつけるクライマックスは心にジンと来ます。

 ここで重要なのは、実のところ、本作にははっきりとした〝悪役〟がいないこと。ひまわりを奪ったひまわり星の人々も悪意があってそうしたのではなく、世界の危機を食い止めるためそうした行動に出たのです。ひまわりたちを自分の元に連れてくる手段も、多少強引ではあったのですが穏当なもの。暴力的な行動に訴えて世界を手に入れようしたこれまでの悪役とは、一線を画するものです。

 そもそも、なんで世界が危機に陥っているかというと、惑星が持つ和みの力・《ヒママター》が地球から枯渇しようとしているという背景があります。兄妹星であるひまわり星は地球にヒママターを送り続けていましたが、それも限界。ヒママターが少なくなった地球はギスギスとして、人間関係も悪化していって……と聞くと、なにか身につまされた気持ちになってきませんか? そう、本作で語られる世界の危機は、現代社会の持つ空気感に非常に肉薄しているのです。

 しかし、その危機はひまわりがひまわり星にいることで回避できると言います。それは地球にも、ヒママターを送り続けていたひまわり星にも起死回生の一手。野原一家は、世界の危機か、ひまわりを選ぶか、という究極の一択を迫られます。

 その決断をすべく、しんちゃんが迎えたクライマックスは、どこか神話の体現でも見ているような不思議なシークエンスです。ひまわり星の大臣たちの問いかけを潜り抜け、ひまわりの元に辿りついたしんちゃんは、「おまえはどこの誰だ?」と何度も問いかけられます。ここがまさに哲学。どういう答をしんちゃんが出したのかは、ぜひ直接確かめて頂きたいです。

 ゲストキャラクターのひまわり星人たちのデザインも、抽象的で哲学感がビビっときます。特にひまわり星の王として野原一家と対峙するサンデー・ゴロネスキーの造形はソフトもハードも洗練されていて見応えあり。悪人面で笑い上戸なだけで、めっちゃいい人だからねゴローちゃん……。「クレしんで哲学する必要あるの?」って声も聞こえてきそうですが、哲学で出した答がまさしくクレしんなので、その意味は十二分にあったと私は思います。脚本の練り込みが味わい深い異色作、だけど意欲作。ぜひぜひご覧ください。 

以下、ネタバレを含む個人的なアレコレ(反転)

 拡大解釈を承知で言いますが、これはしんちゃんの見た夢といっても通るかもしれないなーと。終盤の大臣たちの問いかけが、それまでのしんちゃんとひまわりの関係を知らないと出てこないものなんですよね……(まぁ、ひまわり星の科学力を以てすれば分かることなのかもしれないんですが)。だから、オラプリは《お兄ちゃん》であることに葛藤を覚えたしんちゃんの深層意識が見せた夢で、《お兄ちゃん》であることを選ぶための物語だった、というのが私の解釈。クライマックスが太陽=生命の根源の内側で行われる、っていうのがまた示唆的だと思うんよ。

 クライマックス、ゴロネスキーの「おまえはどこの誰だ?」という問いに、「オラは地球人、野原しんのすけだゾ!」と答えを出し、自らを規定したしんちゃんは、ようやくひまわりと再会することが出来た。でもそこでは、それまで以上にバランスが求められる。そのバランスが過不足なく対等になったとき、ようやくしんちゃんはひまわりを取り戻すことが出来た(シロの助けがあってだけど)。そこから、ヒママターが溢れだし、世界は野原一家の犠牲なく救われた……という、この最後の解釈がちょっとうまくいかなかったんだけど、こちら(岳石祭人氏『映画のことが書きたくなったから』内『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ!オラと宇宙のプリンセス』)の感想を見て繋がった。

 ここで、本作のテーマは『コミュニケーションの不在』ではないかと指摘されています。なるほど! と手を打った。物語のきっかけはしんちゃんとひまわりのいさかい=コミュニケーションの断絶、からの不在、であり、ひまわりを巡るひまわり星人と野原一家の解釈の齟齬も、コミュニケーションの不在から来ている。そして何より、世界の危機であるヒママターの枯渇も、コミュニケーション不在の問題ととらえることも可能です。

 で、しんちゃんがひまわりを取り戻したシーン、ここで描かれているのがコミュニケーションの復活、なんですね。自分と相手がいて、それぞれの存在をきちんと認識し、対等なものとして歩み寄る。これこそがコミュニケーション。それが思い出され、世界中に発信されたことで、ヒママター(生命どうしの活動を円滑にする和みの力)が溢れ返った、と。この、言葉にせず場面で見せるめちゃくちゃ洗練された構成に脱帽です。

 と同時に、大分思索を要されるシークエンスなので、快活な娯楽を求めている人には逆にストレスに感じるのかも、ね……と、わからなくもないです。だけど、何かに〝悪〟を押し付けることなく、人間どうしの問題をどうやってやわらかく、わかりやすく描き出すか、というこの試みに対して、私は拍手喝采を送りたいです。クレしんでなくても、って言われそうですが、ひまわりの《お兄ちゃん》であることをしんちゃんが選ぶ物語だし、それを納得させる説得力はクレしんという作品が積み重ねてきたものから醸されるものだから、やっぱこれは劇しんだと思うんだけどなぁ。結論。オラプリだいすきです。以上!



【25周年おめでとう!】
『映画 クレヨンしんちゃん』を勝手に振り返ってオススメしてみた。

◆目次◆
(4/1以降1日1ページ分開放されます)

-まえがき-
ヘンダーランドの大冒険
暗黒タマタマ大追跡
電撃!ブタのヒヅメ大作戦
嵐を呼ぶジャングル
嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲
嵐を呼ぶアッパレ!戦国大合戦 
伝説を呼ぶ踊れ!アミーゴ! 
嵐を呼ぶ 歌うケツだけ爆弾! 
嵐を呼ぶ 黄金のスパイ大作戦 
嵐を呼ぶ!オラと宇宙のプリンセス 
バカうまっ!B級グルメサバイバル!! 
オラの引越し物語 サボテン大襲撃 
-あとがき- 


おねショタ 創作小説 オリジナル ファンタジー
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当ブログ及び小説家になろうにて、『ミス・アンダーソンの安穏なる日々』『八奈結び商店街を歩いてみれば』を連載しました。前者はおねショタ小説で、現在公開休止中です(無敵の女傭兵ミス・アンダーソンを抹殺すべく派遣された羊ショタ執事悪魔(レベル1)のどたばたコメディ)。後者は大阪のどっかにある商店街が舞台のなにわ人情お約束劇です。

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