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口絵1 

『ミス・アンダーソンの安穏なる日々』

 七夕短編連作

『あなたの願いが叶うころ ~アンダーソンの場合~』


既読の方向けですが、
 『ミス・アンダーソンの安穏なる日々 小さな魔族の騎士執事』の重大なネタバレは含みません。
 アーティとアンダーソン以外にどんなキャラクターがいるのか試し読みしたいという方も、ぜひどうぞ!

それでは、本編は追記から。

おねショタ 一次創作 ファンタジー
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「これは……なかなかキましたわ……!」


 その日の夜、アーティ特製火トマトのパワー鍋をスープまで見事完食したアンダーソンは、宿命のライバルを戦場で討ちとったような凄絶な表情を浮かべながらそう呟きました。その顔および全身は噴出した汗で水浴びでもしたのかと思えるような濡れっぷりで、代名詞でもある黒髪が額に貼りついています。それをぐいっと白シャツの袖で拭いあげると、スッキリ爽快、清々しい笑顔に変わります。

 丁度浴室へ湯加減を確認しに行ったアーティが帰ってきて、本日も綺麗に空っぽになったテーブルの上のお皿たちをみると、ぺこりと頭を下げました。


「お気に召したようで、何よりです」
「ええ、これは飛沫ヶ刻が終わるまでに、あと二、三回は食べたいくらいですわね……!」
「それなら、今度は具材を替えてみましょうかねぇ」


 椅子の背もたれに盛大に体を預けながら、アンダーソンは満足げにお腹をさすっています。テーブルの上を片付けようとしてその様子が視界の端に入ったアーティは、すぐ顔を赤くして目を反らしました。アンダーソンはいつも通りのくつろぎスタイル……つまり白いシャツに下着をまとっただけという出で立ちで、それ自体はもう大分慣れたものだったのですが、今日は盛大に発汗したためかシャツがうっすら透けているのです。忘れた頃にこうしたトラップを仕掛けてくる、さすが人類最強の女傭兵は侮れません。

 さて、そうこうしてアーティが後片付けをしたり、アンダーソンが汗を流しに行ったりしたりするうちに夜も更け、あとは就寝するばかりになりました。

 洗い物も終え、ふと台所の窓から外を眺めると、人間界に来てから最も明るい夜空がそこには広がっていました。銀環を瞬かせる月も、太陽のきらめきのような星々に囲まれて、どこか嬉しそうに見えました。大樹君国の人々がこの光景に願いを託したくなるのも、なんだか頷ける気がするアーティです。


(そういえば、あの人結局カードを書いたりしてませんでしたねぇ)


 アーティはベストの胸ポケットを探り、中に入れていたものを取り出します。それは今宵の宴に人々が願い事を認めるあの円型のカード。先日街に行ったときセルシアから預かったもので、


『もし、アンナが何も用意していないようだったらこれを渡してくれる? そして、多少強引でも構わないから何かひとつ願い事を書かせてちょうだい』


 と、言付かっていたのでした。 

 当日になってもセルシアの意図は掴めないアーティでしたが、とりあえずやれるだけやってみようと、台所の灯りを落とし、寝室に向かいます。

 するとアンダーソンはベッドの淵に腰掛けて、肩膝を立てた上に頬を預けながら、ぼんやりと窓の外を眺めていました。いつも理不尽でいいように彼を弄ぶ彼女ですが、時折こうしてもの寂しげな一面を見せます。それでも、いつもはアーティの気配を感じればいつもどおりなのですが、そのときは彼が部屋に入ってきても夜空を見つめるばかりでした。なんだか調子が狂ってしまいます。
 その視線の先を見ると、どうやら彼女は月をじっと見つめている様子。やはり今宵の月の明るさに見蕩れているのでしょうか、と考えてアーティは手にしていたそのカードを差し出します。


「あの、まだコレ、書いてないんじゃないですか? 折角なんですし、何かお願い事してみるのもいいんじゃないですかね」


 自分が渡したのは内緒で、とセルシアに言い含められていたので、なんだか唐突な振り方になってしまいアーティは苦笑いしました。そこでようやくアンダーソンは彼の方に碧眼を向けましたが、手の中の丸いカードを見ると、頭を振って脚を寝台の上へ放り投げました。


「わたくしは、それは、いいです」


 どこか幼児みたいな物言いで、彼女はそっぽを向きます。そして、珍しくアーティを抱きかかえることなく、そのまま背を向け横たわろうとしました。こうなってしまうとお休みまで三秒かからないことを彼は知っているので、慌てて何とか言葉を継ぎます。


「えーっと、その、確かに子どもっぽいかもしれないですけど! でもちょっとくらいハメ外して乗ってみるのも、楽しいですよ!」


 自分でも適当なことを言ってるなー、と呆れつつ、それでもアーティが食い下がったのは、カードを渡してきたときのセルシアの眼差しが悲しげだったのと、もうひとつ、理由がありました。

 いいです、と言った彼女が、なんだかひとりぼっちで森に取り残された迷い子のように見えて、ちょっとでも明るいところに連れ出したくなったのです。

 もう一声、と思って口を開けたとき、アンダーソンがいきなりバタンと寝返りを打ちました。

 アーティがびっくりしているのも構わず、彼女は腕を差し出してきます。どうも、カードを寄越せ、ということのようです。渡してやると、なおも腕を引っ込めないので、どういうことか、と一瞬悩んで、アーティはすぐ思い至ります。胸ポケットの万年筆を取り出して、それもあわせて手渡します。果たして彼女は仰向けになって、左の手のひらに納めたカードの中に、万年筆で何事か書き付けていきます。それもすぐ済んでしまうと、万年筆とカードをアーティに突き出して、半ば押し付けるように渡しました。


「それでは、よろしくお願い致しますわ」
「へ?」


 それだけ述べると再び彼女は背をそむけて、即座に寝息を立て始めました。残されたアーティはまず万年筆をしまい、それからカードを二つ折りにしようとして、ふと気づきます。


(なんか、やたらたくさん書かれているような……?)


 最初は嫌がっていたのに、書くとなるとあれこれ欲が出てきたのだろうか……などと思い、ついつい魔が差して文字を目で追ってしまうアーティです。すると、そこには人間界の書き言葉を勉強し始めた彼でもわかるような簡単な語彙で、こう書いてありました。


『明日のデザートはクレム・ソルベ』


「……………………んっ?!」


 思わず声を漏らしながら、アーティはその続きを読みます。すると同じような調子で、明後日はパラディ・カレ、明々後日は特製ぷっくんケーキ、さらにその次は……と連ねられています。それは願い事というより、


「ただのリクエストじゃないですかぁ……」


 ついツッコミを呟いてしまうアーティです。しかし相方は絶賛爆睡中で、返してくれはしません。

 はぁ、と彼はため息を漏らします。が、なんだかそこには呆れ以外の、あたたかい感情が混ざっていました。


「ええ、かしこまりましたミス・アンダーソン。このぐらいのお願い事でしたら、叶えてご覧に入れますよ」


 そう、あなたを〝抹殺〟するために。

 アーティは寝室の窓際に寄り、胸ポケットの中、カードと一緒にしまい込んでいた紐を取り出します。そして、金と銀の光が舞い踊るような夜空に見えるよう、彼女のあまりにもささやかな願いをカーテンレールに吊り下げました。

 そうして過ぎていく《金銀環の祈りの日》の帳の中、夜鳴きガラスが声も上げず、南に向かって飛んでいきました。



 いつか世界は彼らの願いを聞き届けてくれるのでしょうか。
 叶うとしたらそのころには、彼らは何を想っているのでしょうか。

 ――なんにせよそれは、また、別のお話。 


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◆作品
当ブログ及び小説家になろうにて、『ミス・アンダーソンの安穏なる日々』『八奈結び商店街を歩いてみれば』を連載しました。前者はおねショタ小説で、2017年7月に電撃文庫より刊行されました(無敵の女傭兵ミス・アンダーソンを抹殺すべく派遣された羊ショタ執事悪魔(レベル1)のどたばたコメディ)。後者は大阪のどっかにある商店街が舞台のなにわ人情お約束劇です。

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