回り込み解除

 忘れないために書いておく。ただそれだけの書き散らし。
 大したことないけど人体がひしゃげる、みたいな表現があるから人によってはグロ注意でお願いします。

 



 ほら、また腕がひしゃげる。

 四百トンもの金属の塊が時速百kmで駆け抜けていく、その勢いに二本の腕と足を突っ張っただけで対抗できるなどとどうして思うのだろうか。だから今日も彼女の体はまたスピンを描いて、あかい血をまきちらしながら、電車が過ぎ去った線路の上になんの情緒もなく叩きつけられるのだ。

「くっそ…くそ……・!」

 仰向けになった彼女は頭だけで既に彼方に消えていった電車を睨もうとする。自らが垂れ流したあかい、文字通りの血の海のその中で、彼女はかろうじて断裂は免れた胴体をよじらせる。

 カンカン…という音も消え、無機質に上がっていく踏切のバーをくぐりながら、僕は彼女のところまで歩いていく。眼下に見下ろす彼女はいまだもがいて、可能でさえあれば電車を追っかけて行きかねん勢いだ。

 まったく、通学中にこんなスプラッター映像を毎朝見せられる僕の気持にもなってほしい。

 そう、これは毎朝のことなんだ。決まった時間にカンカン…となりだす踏切で立ち止まって、左手に電車の迫る音が聞こえてくると、それが合図。僕の背後からザッと何かがすごい勢いで走ってくる。


 それが彼女だ。


 彼女はスピードもそのままに踏切バーをひらりと飛び越し、線路の上に躍り出る。そして正面からやってくる列車と、これもまた文字通り真っ向勝負をするのである。

 結果はご承知の通り。連戦連敗、彼女の勝てた試しはない。当然である。豪速で通り抜けていく電車に対して彼女はただ己が身ひとつで立ち向かう。勝てるはずなどない。ちょっとは質量差とか、考えてほしい。

 電車の容赦なきラッシュにぐちゃぐちゃにされた彼女の体は、次の日になるとなぜか全快していて、そうして彼女は僕の目の前で毎朝毎朝轢き殺されそうになる。


 だけど――最近、僕は気がついた。少しずつ、包帯やら、眼帯やら、そういうものを彼女が身につけているのに。初めの頃のように、万全の状態で電車に挑むことが、できなくなってきていることに。


 どうしてそうまでして、電車に立ち向かうのか。

 この日僕はとうとう堪え切れず、聞いてみた。

 それまで僕には一瞥もくれたことのなかった彼女は、荒い息のまま、視線だけ僕に向けた。


「あれにはあたしが乗ってるの」


 明瞭な声で、彼女は言った。


「あんただってわかるわよ。何もかもが整っていて望む光景が窓から見える、あんな電車に乗っていて、被害者面している自分を見たら、無理やりにでも止めて引っ張り出したくなる――そんな気分になるわ」


 なるほど、わからん。

 それからも、彼女は電車に挑み続けた。

 僕の背後から駆けていく、その身体にはどんどん包帯が増えていった。ときには点滴までつけていることもあった。でもいつしか髪が不自然に抜け落ちて、その頭も包帯でぐるぐる巻かれるようになった頃。


 彼女はもう現れなかった。


 カンカン…という音を聞きながら、僕は久しぶりに安穏と電車が通過していく、ごく普通の通学時間を過ごすことができた。彼女は結局、望みを達成できたんだろうか――そう思って何気なく見上げた、その車窓の中。


 座席に腰掛けるそいつと目があった。それは紛れもなく、僕だった。

 負け犬のような目をして、仕方ないさ、とでも言いたげな。


「ああ、なるほど」


 電車の走り去った後、やけに静かなその空間で呟いた言葉は僕の全身に染みた。
 その次の日、僕の正面でカンカン…とまた踏切のバーが下りる。
 彼女ほど恰好はつかないけどそれを跨いで、線路の上に舞い降りる。


 ぐしゃり、と全身がひしゃげた。


――了
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当ブログ及び小説家になろうにて、『ミス・アンダーソンの安穏なる日々』『八奈結び商店街を歩いてみれば』を連載しました。前者はおねショタ小説で、現在公開休止中です(無敵の女傭兵ミス・アンダーソンを抹殺すべく派遣された羊ショタ執事悪魔(レベル1)のどたばたコメディ)。後者は大阪のどっかにある商店街が舞台のなにわ人情お約束劇です。

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