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まず、これは
週刊少年マガジンに連載されている『UQ HOLDER!』の感想記事になります。

ネタバレ前提になりますので、読まれる際にはご注意ください。

(※すいませんちょっと訂正しました…34万だった…)


うん、いや、確かにね。
私も完璧だとは思ってないです、学園都市潜入編。
特にラスト、小夜子との別離はもう少し丁寧に書いてほしかったなー、とか。夏凜先輩と一空もうちょっと見せ場作れたんじゃないかなーとか。説明を文じゃなくてコマで見せてほしかったなー、とか。不満はあるっちゃ、ある。
でもまぁ、週刊連載ってやっぱ難しいと思うんです。っていうのを考えた時に、一番描かなければいけないことは描ききられていたので、個人的には許容範囲内で。まぁその許容範囲っていのも人それぞれだからごちゃごちゃ言うのはお門違いなのはわかってるんですが。感想スレ漁ってた時にちょっとモヤッとしまして。

要約すると、『強さインフレさせすぎて小夜子を強制退場させた』とか、『今後どんだけ強い奴が出てきても小夜子んときどうしてたんだよって思う』とか、そういう感じのコメントがあったんですが。

…受け取り方とか、期待してるとこが自分と違うんだろうだろーなっていうのがわかってるんですが。わかってるんですが! 言わせてくれ!


そもそもあの暴挙に誰か気付くことが出来たなら、
“小夜子”なんて生まれなかったのです。


“小夜子”とはなんなのか? という問いは、本編では夏凜先輩の推測のみで回答されています。曰く、“無念を残して自殺した34万の魂の受け皿”であり、“祟り神と化してしまった”存在である、と。この“無念を残して自殺した34万の魂”がなんであるか、簡潔な説明があるばかりでしたが、つまり三太のような、誰にも手を差し伸べられず虐げられきって死んでしまった存在が、34万超もいたということ(しかもあくまであのエリア内だけで、という話。本編では突っ込まれなかったけど、全世界で同時多発的にテロが可能になったのは、全世界に“小夜子”と同じような存在がいて、それと同期することによって成し遂げられたのだと思っている。となると、小夜子と34万の魂の同胞が無数に点在していたということで、そりゃあ太刀打ちできるわけねぇわなと)。

三太の例をあげるだけでも悲惨です。母子家庭で貧しいながら苦労して魔法の才を開花させ学園都市に入るも、格差のため激しい差別を受け、暴虐の日々を耐え、それでも挙句不要になったから殺されてしまった。彼自身には何の落ち度もないのに、迎えたのは非業の死。惨憺たる人生です。

でも何が一番悲惨なのか? それは誰も彼に手を差し伸べなかったこと…必死になってあげた声すら跳ねのけられたこと。つまり、その存在自体を黙殺されたことです。

小夜子は彼と自分が同じだったと言いました。そしてそれは彼女に紐づけされた、34万の荒御霊も同様だったのでしょう。彼らは黙殺された、故に死を選ばざるを得なかった存在なのです。

そうした存在の代表として、“小夜子”は世界への復讐を実行します。そしてそれは彼女が言ったとおり、“気が付いたときには手遅れ”という形となって達成されました。なぜそのような形をとる必要があったのか? それはまさしく彼女たちの人生は、そのようにして終わりを迎えたからに他なりません。

龍宮理事長も、雪姫も、フェイトも、――生きていたとしてネギだって、“小夜子”の復讐を止めることは出来なかったでしょう。だって小夜子たちの人生は、“ヒーロー”の“正義”に救われることなく、終わらざるを得なかったのだから。

“ヒーロー”なんて介在する余地もなく、完膚なきまでに、世界を自分たちと“同じ目”に遭わす――その執念だけで、“小夜子”は世に留まり続けたのです。同じ無念を抱く人の魂を受け入れ、その怨念を糧とし、力を蓄え、時期を窺い、自我を潰滅させてまで。

その執念は、決してファンタジーではありません。その想いの一端を、現実にいる私たちだって感じたことはあるはずです。「なんで助けてくれないんだ」「どうしてわかってくれないんだ」という、その想いを。そう、“小夜子”は、彼女に紐づけされた34万の荒御霊は、架空の存在などでは決してなく、今この時代に生きる私たちの抱える救われない想いの、象徴です。

そう考えると、今回ナンバーズのいずれもがむのー扱いされた理由もわかります。力では、“小夜子”を救うこともできないからです。例えば刀太がマギア・エレベアで無双したところで、事件は終焉するでしょうが、遠くない未来に次の“小夜子”が生まれて終わるだけ。じゃあ夏凜先輩の浄化無双は? これも“神の力”による強制排除に近いので、同じこと。

“小夜子”を止めるには、本当に消し去るためには、彼女の執念を消さなければなりません。それにはどうするか。それは彼女の痛みに、苦しみに、悲しみに、寄りそうこと――その存在を、受け入れること。世界に否定されて死んだ彼女を、肯定してやること。だからこそ、これはナンバーズではなく、三太の手でなければ成し遂げられなかった。彼女と同じで、彼女を一度否定して、でも最後にまた決死の思いで会いに来た三太の気持ちだけが、小夜子の無念を祓うことが出来たのです。

“小夜子”を、34万の荒御霊を救うことが出来たのは、やさしさと思いやり。それが彼女たちの生前に差し出されていたなら、彼女たちは死んだ後もあんな苦しい想いをしなくて済んだ。この世に復讐しようなんて怨念に引きずられることもなかった。だからこそ逆説的に――彼女たちのしでかしたバイオ・テロに誰も気付くことは出来なかった。黙殺された存在に、そんなことができるわけないとタカを括っていたから。だから誰かが気づくことができたなら、そもそも“小夜子”は生まれずに済んだと、私はそう思うのでした。



…『UQ HOLDER!』のすごいなぁと思うところは、“小夜子”=救われない者たちの無念の象徴によって、実際に一度世界が滅びかけるところまでやったところ。つまり、「本当に滅びるよ?」というメッセージよねこれ…それだけ、そうした無念が積もり積もることの重大さを感じて訴えかけているという気がする。

小夜子によって壊滅の寸前まで追いやられた世界は、キリヱの能力によってやり直す機会を与えられました。その世界には、彼女と同じだった三太が残りました。刀太たちの仲間に、“ヒーロー”になって。それは無念に打ちひしがれた人たちへの、もう一度立ち上がってみようよ、という、もう一つのメッセージなんだと思います。

でもそれだって、刀太が三太に手を差し伸べたから、三太のピンチに駆けつけたから得られた未来だと思う。現実にそうして手を差し伸べてくれる人を得られることは、難しいでしょう。上でも言ったとおり、易々と得られるくらいなら“小夜子”は生まれない。

でも、だけど、どこかにいてほしいと思う。

誰かが辛くて、苦しくて、黙殺されそうなときに、手を差し伸べてくれる存在が。刀太の強さはファンタジーだけど、切実な願いから生まれるファンタジーで、だから彼は“理想としての主人公”でなく、“希望としての主人公”なんだと、つくづく思いました。九郎丸に、忍に、三太に、裏表なくニカッと笑って、手を差し伸べる刀太を見る度、あまりに貴くて、ぐずぐずと泣いてしまうのです。





“小夜子”とは、なんなのか。


彼女は、どこかの部屋で人知れず死んだ老人でした。
あるいは、仕事がようやく終わり孤独な床で永久の眠りに就いた男性でした。
もしくは、単調な日々の繰り返しの中でふと線路に飛び込んだ主婦でした。
それでいて、進路のことで口論になり親を殺した少年でした。
また、消費することでしか満たされず体を商品にする少女でもありながら、
一度も満たされぬ空腹を抱えたまま干乾び動かなくなった赤ん坊でした。


“小夜子”とは、なんなのか。


故郷を追われ放浪の末迫害を受け朽ちた人々でした。
生まれながらに背負わされた故なき格差に虐げられた人々でした。
無力で無為で無能とされて、黙殺された人々でした。



小夜子とは、なんなのか。



その全てであり、どれでもありませんでした。



小夜子とは、なんなのか。



彼女は今ようやく自分自身をとりもどし、
私たちの足もと、底深く、静かなところで眠っています。

彼女がもう、目覚めることがありませんように。


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当ブログ及び小説家になろうにて、『ミス・アンダーソンの安穏なる日々』『八奈結び商店街を歩いてみれば』を連載しました。前者はおねショタ小説で、現在公開休止中です(無敵の女傭兵ミス・アンダーソンを抹殺すべく派遣された羊ショタ執事悪魔(レベル1)のどたばたコメディ)。後者は大阪のどっかにある商店街が舞台のなにわ人情お約束劇です。

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