回り込み解除


即興小説トレーニングで書いたもの。
アホなノリをお楽しみ頂ければ幸いです。

【短編/1,189字】


 秒針の刻む音がもはや時限爆弾についた発火装置のそれに聞こえる。
 ペンを握る右手が震えている。上手く力が入らない。この三日、手放した時間を数えた方が早いほど、私の右手はひたすらペンを握り続けていた。そろそろ、上手いこと力が入らなくなってきた――。

「先生…わたしもうダメです、描けません…!」
「これ以上、こんな過酷な状況…耐えられない…!」

 部屋から上がる戦友たちの断末魔。それで、灰色になりかけていた意識が再び鮮明になる。

「みんな、諦めないで…! もうゴールは目の前なんだから…!」

 自分自身にも言い聞かせるように、嗄れ切った喉を絞って声を上げた。
 そう、ゴールは近づいている――
 原稿の完成という意味でも、絶対防衛死守〆切《デッドライン》という意味でも――!

「でも…わたし、もう手が…」

 神速の仕上げを誇るアシスタントのさゆりが、ぶるぶると震える。インフルエンザで斃れたさつきの分をカヴァーしようと、両手利きの彼女は恐るべきスピードで仕上げ処理を続けた。そのツケが、この瀬戸際になって回ってきた――彼女が掲げた両手は震えどころか痙攣し、指先が紫になっている。
 私はペンを放し、この修羅場を懸命に闘い続けてくれたさゆりの手を握った。

「さゆり――ありがとう。でももう少しだけ、もう少しだけ力を分けて…!」
「先生…」
「今ここで私たちが諦めたら――」

 私は原稿机の上に広がる原稿用紙――いや、その向こうに広がる世界を見て、手に力を込めた。

「作蔵とミッチェルの恋を見守る全国の乙女を、裏切ることになる――!!」

 その言葉で、さゆりも、もう一人のアシスタント・みなも、雷に打たれたようにハッと顔を上げた。
 そう――私たちは『月刊 ボーイズラブ・ラブ』通称BL愛で連載中の大正浪漫BL『赤煉瓦倉庫通り、いつもの時間に』の最終回特別編72Pの原稿に取り掛かっていた。
 神速仕上げのさゆり、ふわふわときめき点描のさつき、乳首トーンのみな(本人註:「雄っぱいの乳首にはあらゆる可能性を感じる」)、そして無限大の腐れビジョン・三本松しおりこと私のフォーマンセルで困難を乗り越えてきた私達だったが、さつきがいない今、私たちは72Pにわたってふわふわときめき点描を施さなければならない――!

「先生、わたし、やります…!」
「ミッチェルの…ミッチェルの点描は私がやる…!」
「さゆり、みな…!」

 不死鳥のごとく立ち上がった二人に、私は涙を禁じえない――。
 そうだ、私たちは成し遂げなければならないのだ。赤煉瓦倉庫通りで繰り広げられた、作蔵とミッチェルの恋物語に、終止符を――!

「そうよ――点描なんて、簡単なふわふわにすぎないわ! ふたりとも、一気にやるわよ!」

 さつき、どうか見ていて――!
 私たちの戦いは、これからだ!

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当ブログ及び小説家になろうにて、『ミス・アンダーソンの安穏なる日々』『八奈結び商店街を歩いてみれば』を連載しました。前者はおねショタ小説で、現在公開休止中です(無敵の女傭兵ミス・アンダーソンを抹殺すべく派遣された羊ショタ執事悪魔(レベル1)のどたばたコメディ)。後者は大阪のどっかにある商店街が舞台のなにわ人情お約束劇です。

アイコンは岡亭みゆ様にご制作頂きました。

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