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報酬系pさん

『あの絵と同棲するPさんの弁明』

※※この作品はR-15です※※
この物語には一部流血・残酷描写が含まれます。


第二十回文学フリマ東京、COMTIA112にて新刊頒布です!
【A6|56p|\100 第二十回文学フリマ東京にて初回発行、以降COMITIA・文学フリマ等で頒布】


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「あれはここではないどこかに繋がっているの。
そこでわたしはようやく報われるの。
生活は、すべてなかったことになり、安楽だけに包まれる――
そんな、絵に描いたような世界に続いているの」

会社員・Pさんはある時、付き合いから訪れた画廊で一枚の絵画を購入する。
家族の団欒を描くその絵の中、少女は、ひとり動きだし、微笑み、Pさんに話しかけた。
次第に彼は彼女と過ごす時間にのみ、この世の意味を見出すようになるが――

『少女+キーアイテム+※※欲求』をコンセプトにお贈りする《報酬系》シリーズ第三弾。
逃避せずにはいられない、僕らのための妄想譚。

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表紙素材ご提供
猫万堂様【245407】
ハギヤマ様【70781】
marina様【3090998】
photo AC様: http://www.photo-ac.com/
※【】内はいずれもpixivID

※※追記からお試しで本編の一部 をお読みいただけます※※
 

 さて、何はなくともPさんのことだ。
 僕らの同情すべき隣人である彼が最後に遺したあの言葉。君もテレビか何かで見たかと思う。

 曰く、『もうたえられない』と、ただ一言。

 ご存知の通り、マスメディアはこぞってこのメッセージに込められた真実を解明しようとしたね。でもいくらやっても無駄だった。彼の卒業文集は平凡そのもの。学生生活も、社会人になってからも、人間関係上にスキャンダラスな汚点はない。そこそこ名の知られた商社に勤めていて、結婚寸前の恋人だっていた。恋人との仲は良好だったのは彼女や周囲の証言からも明らかだし、SNSでPさん自身が写真を溢れんばかりに掲載して証明している。

 傍目から見て、及第点の人生。誰もが羨む〝普通(スタンダード)〟。
 だから取り残された人々は、誰一人としてわからない。

 なんでPさんが自室でひとりきり、右腕の肘から先を切り取られ、出血多量で死んだのか。

 …おいおい、止めなよ。あからさまに、「バカみたい」って蔑むような目をしているぜ? まぁ、気持ちは分からなくもないけどさ。

 そう、僕らは誰一人として逃げることができない。いつか期限が来るまで降りることのできないこの舞台で、必死に道化を演じ続けなけりゃいけない。それがどれだけこころを擦り潰し、顧みられないことなのだとしても、僕らはどうせ抗えない。ない逃げ道を探そうともがくなんて、無様なことこの上ない――そんなこと、君も僕もよぅく知っている。

 でもPさんはどうにも、錯覚してしまったようなんだよ。
 その彼の弁明に、ちょっとは耳を傾けてみよう。

 ほら、明日は我が身――そう言うだろう?


+++


「ではお客様、どうぞごゆっくりご覧ください」
「はぁ…」


 すべての始まりの日、Pさんは画廊を訪れていた。

 店主に案内されたのはいいが、どうにも彼は乗り気でなかった。というのも、彼は全然絵画なんて興味なかったんだ。じゃあなんでそんなところにいたかって言うと、ひとえにタイミングの問題だった。

 先日彼は会社で、先輩の自慢話を聞いたばかりでね。先輩は賞与をはたいて買ったという絵画をえらく気に入っていて、事あるごとに同僚や後輩に話していたそうだ。みんな苦笑いだけど、ひとり熱心にPさんだけは頷いて聞いていた。
別に話に興味があったわけでなく、その先輩が社内で発言力を持ったキーマンだったからだ。Pさんは、彼自身はとりたてて何か秀でたものがあるわけじゃあなかったが、人の立ち位置を把握する嗅覚と、それを利用するための処世術に非常に長けていた。俗にいう、世渡り上手ってやつだね。彼は唯一といっていいその才能で二十代後半のその頃まで、上手いこと波風のない人生を謳歌していたわけさ。

 が、それも万能じゃない。Pさんのおだてに調子に乗った先輩は、「おまえもどうだ、ひとつ!」と言い出した。軽いノリで「いいですね!」なんて返したもんだから、先輩は本気にしちゃって、馴染みの画廊にPさんのアポイントを早速取り付けたのさ。Pさんは勘弁してくれって言いかけたそうだけど、それじゃ今までのゴマスリが水の泡。観念して貴重な休日を潰す選択を採ったんだ。

 Pさんを出迎えた店主の方も、客商売の勘からか、彼が大して乗り気でないのを感じ取っていたらしい。適当な案内をすると、バックヤードにそそくさと去って行った。残されたPさんは時間を潰そうと、とりあえず画廊を一周することにした。

 とはいえ、楽しいことは一つもなかった。先輩は間違いのないところだから、と言って紹介してきたが、Pさんにはそもそもどの絵画が間違いで正解なのか、なんてわかりっこなかったし、どうでもいいことだったのさ。彼の手が届きそうな小さい絵画もあったけど、それにしたって数万円。先輩への投資と考えるにしたって気軽に出せる金額じゃないし、


(変な買い物すると、アイツうるさいしなぁ…)


 そう考えて、彼はげんなりした。

 アイツ、とは恋人のことだ。昨晩も電話越しにケンカしたことまで思い出して、Pさんは溜め息を吐く。ここのところ、二人の間にある不協和音ははっきりとした形となって表出していた。大学時代から付き合い始めて数年――不和の理由は、はっきりしている。


(二言目には結婚、結婚…はあ、もういい加減にしてくれよ)


 彼女の金切り声まで耳元に蘇ってきて、Pさんは眉間を揉みしごいた。

 以前から恋人に人並みの結婚願望があることを、把握してはいた。が、最近になって焦りが出始めたのか、彼女は二人の将来への不安を、何かにつけて言葉で示すようになっていた。学生時代の友達が軒並みゴール・インを決めているのがどうにも原因らしい。

 来月もひとり、また結婚するんだ――やだな、またお金飛んでっちゃう――ご祝儀に、ドレスに、ヘアメイク――私もそろそろ、祝福される側に周りたいな――

 昨晩の電話中、何かを窺うように媚びで湿ったその声は、Pさんの神経を盛大に逆撫でにした。折しも彼は仕事上のプロジェクトで先輩の補佐に回されて、心身を使い倒されるような毎日を送っていたんだ。疲れて何も考えたくない頭に響く、能天気な――と、少なくとも彼には聞こえたそうだよ――彼女の声。二人が口論に突入したのは、着信から間もないことだった。

 嫌なことを思い出して、一層Pさんの気は滅入った。ブンブンと頭を振って、ひとつ息を吐く。来たばかりだったけど、帰宅して寝てしまおう――先輩にはどうとでも言い繕える。そう判断した彼は、踵を返そうとして気付いた。

 ぼんやり物思いに耽っていた間にも、足はゆるゆる進んでいたらしい。辺りを見回すと画廊の最奥、ぼんやり薄暗い袋小路の部屋にPさんは立っていた。

 その部屋と彼が歩いてきた通路は、壁で一応隔たれてはいるが、その真ん中に人がすれ違える程度の幅で、戸無しの出入り口がある。それなりに広い画廊だったけど貸しビルにある都合で、店内はL字型に屈曲していた。だからその時彼が立っていた場所からは、角の突き当りまでしか見えなかった。裏に引っ込んで姿を見せない店主も、物音ひとつたてやしない。

 そのときまるで、世界にひとり取り残されたような気がして、正直怖気が立った――Pさんは後にそう回想していたよ。
 角を曲がり、こんな薄暗いところにやってくるまでてんで気が付かなかった――ああ、自分はよっぽど疲れている。彼は自身を憐れんで、早々に帰ることにした。

 そうして踵を返そうとした、そのとき。


「わたしもつれていって」


 囁くようにか細い、少女の声が耳朶を撃った。
 項垂れていた頭を、ハッとPさんは上げた。

 正面に一枚、絵画が掛けられている。

 彼が両手を広げたくらいの幅で、さほど大きくはない。油絵だ。写実的なタッチだが、ところどころ筆が掠れている。色彩も地味で、印象としてはパッとしない。額縁の周辺には、作者を示すタグも、値札も、見当たらない。

 普通の、一家の団欒だ。中世の欧州と思しき、ありきたりな食卓の情景。母親が食事を供し、父親が椅子に腰かけようとしている。そして一番手前に描かれている少女が燭台に火を灯そうとして――Pさんを見た。


 にこり、と微笑みかけてくる。


⇒⇒⇒本編へ続く

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当ブログ及び小説家になろうにて、『ミス・アンダーソンの安穏なる日々』『八奈結び商店街を歩いてみれば』を連載しました。前者はおねショタ小説で、現在公開休止中です(無敵の女傭兵ミス・アンダーソンを抹殺すべく派遣された羊ショタ執事悪魔(レベル1)のどたばたコメディ)。後者は大阪のどっかにある商店街が舞台のなにわ人情お約束劇です。

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