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『八奈結び商店街を歩いてみれば』②

八奈結び商店街は夏も真っ盛り。
が、今年の夏はなぜだかあっちこっちで万引き騒動が持ち上がる。
そこで古本屋の店主代理・千十世がある策を提案して――?
今回は皮肉屋・千十世がメインの、なにわ人情物語第二弾。

【中編|約32,000字】
【A6|50円|76P|頒布終了】

表紙素材ご提供
D-Dragon様【pixiv ID:518575】、大久慈 政様【http://urx.nu/aZnO】

シリーズ第1弾『八奈結び商店街を歩いてみれば』は
ブログで全文お読みいただけます

目次はリンクからどうぞ!

※※追記からお試しでお読みいただけます※※
 夏の日差しが、大阪に――そして八奈結び商店街に、容赦なく降り注ぐ。

 空の向こうを見渡しても、雲一つない快晴だった。商店街の人口を六割以上カバーするご高齢の方々には厳しい暑さが続いている。瞬く間に熱を籠らせるコンクリートの歩道に水を撒くも、まさに焼け石に水。それぞれの店が戸口につけた風鈴の軽やかな音だけがせめてもの慰めなのだが、今日は風の通りも悪く、それすらも望めない。

 そんな中でも、八奈結びの子どもたちは元気に跳ね回る。学校が休みになった今、彼や彼女らの自由を阻むのは毎朝のラジオ体操とオカンの怒鳴り声、そして夏休みの宿題だけだった。宿題のノルマを終わらせた、もしくは黙殺した彼らは、毎日目いっぱい公園やら河川敷やらで遊び倒し、商店街でも騒いで回る。だがそんな子どもたちもお昼の空腹にはかなわない。頭の上からドヤ顔の太陽が照りつける正午を迎え、八奈結び商店街は束の間の静寂に浸っていた。

 早めの昼食を終えたふすま屋の西川さんが、軒先でうちわ片手にまどろみ半分で食休みをしている。足は桶に張った氷水につけているが、その氷の角も既に丸くなり始めている。それを苦々しく思っていると、乾いたアスファルトの上を、カラン、とゲタで往く音が聞こえた。


「こんにちは、西川さん」
「おう、千十世(ちとせ)やないか。どこ行くんや」


 千十世と呼ばれた少年は、手にしているどんぶりを西川さんに見せた。


「シゲのとこまで返しに行くの。やんなっちゃうよね、こう暑いとさ」


なまりのない言葉で話すこの少年は、それでも幼い時から八奈結びで育ってきた。今は引退した西川さんが現役でふすまを貼っていた時から変わったのは背丈くらいなもので、貼りつけたような微笑みも、藁束みたいで折れそうな体格も、人を食った態度もそのままに、今年で十七になった。


「よぉ言うわ、そんななまっちろい肌で、汗一つかかんような顔しよってからに」
「へへ、照れるなぁ」
「褒めとらんで、ったく…」


 千十世は西川さんに緩く手を振り、カラン、コロン、とゲタを鳴らして去って行った。


「相変わらず覇気のない奴っちゃで…将来どうなるんやか」
 溜め息を吐きながら、西川さんは空を仰いだ。

 太陽ばかりが輝く天はただどこまでも青く、夏の暑さはまだまだ終わりが見えない。 


++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++


「はぁ……」


 カウンター席で盛大に吐かれた北村さんの溜め息に、繁雄はギクリとして手を止めた。

 反射的に、目で北村さんのどんぶりの中を覗き込む。十分ほど前に出したはずのわさびとろろうどんが、全く減っていない。夏になってから北村さんが好んで注文してくれる、鉄板メニューだったはずだが…。

「すんません、俺なんかミスってます? 不味かったですか?」


 恐る恐る訊ねる繁雄に、北村さんは我に返ったというような調子で顔を上げた。


「え? …ああ、ちゃうちゃう! うどんはいつも通り美味しいで」
 そう言いながら笑う北村さんの顔には、活力がない。ほんまやろか…と繁雄が訝しんでいると、北村さんは七味の小瓶を手に取り、うどんにかけようとした。が、


「き、北村さん! 下! 下ー!」
「え? …ああー!」


 どこでもない場所をぼんやり見ていた北村さんは、七味が口から流れ出ているのに気が付かず、小瓶をカウンターに置いた時には白いとろろの上に七味の赤い小山がこんもりと誕生していた。


「えらいお疲れですね。店でなんやあったんすか?」


 自分の出したうどんに問題がないことが分かりほっとしながらも、明らかに様子のおかしい北村さんを繁雄は心配した。北村さんは八奈結び商店街の中でも若くして店を切り盛りする繁雄のことを応援してくれる、有り難い存在だった。その北村さんの一大事となれば、繁雄にとっても他人事ではない。
 北村さんは言いにくそうに頬を人差し指で掻いていたが、もう一度溜め息を吐き、ポツリポツリと話し出した。


「いやなぁ…今、学校が夏休みやろ? そんで昼間っから子どもたちがうちの商店街にも遊びに来るやんか」
「ああ、それでやかましいっちゅう話スか? 北村さんとこは文房具屋やから、大変でしょうねぇ。人一倍うるさいんがうちにもおるし、その気持ちわかりますわ」


 夏休みに入ると、八奈結び商店街は体力を持て余した子どもたちの騒ぎ声で、蝉の大合唱よりもやかましくなる。その筆頭が、繁雄の妹、和希だった。去年までは商店街の端から端までをかけっこのコースにして繁雄たちに怒鳴られていたものだが、今年は小学校のバスケットボール部の活動が忙しいらしく、幾分かマシである(それでも帰ってきた途端ドタバタ騒ぎ回るのだが)。

 だが北村さんは苦笑する繁雄の言葉を、ゆっくり首を振って否定した。


「ちゃうねん…子どもたちが元気なのは構わんのや。問題は…」
「万引き、でしょ?」


 カラカラと戸が開くとともに、飄々とした声が店内に響く。

 流れ込んでくるじっとりとした外気とは裏腹に、入ってきたその少年は涼やかだった。白い肌は汗ばんだ様子もなく、首を傾げて薄ら笑うと、少し長い前髪がサラサラ音を立てた。長身の割に藁で出来たような細い体躯が青白い肌と相まって病弱な文学少年のような儚げな印象を与える。が、繁雄はその本性がそんな生易しいものでないことを知っている。


「…千十世。お前、外歩いてきたはずやのに汗一つかかんとか、どないなってんねん」


 この酷暑の日々をひとり涼やかに過ごしている幼馴染に対して、繁雄の口からまず出てきたのは恨み言だった。千十世はにっこり笑いながら、後ろ手で戸を閉める。

「夏だから汗腺故障させたんだ。結構簡単だからシゲもやってみなよ。まずクーラーを常時五度設定にしてタンクトップのまま一週間…」
「いや、断固拒否する」


 本気か冗談か(多分後者だと繁雄は思っている)わからない発言を早々に断ち切って、繁雄は千十世から差し出されたどんぶりを受け取った。お昼前に持って行った出前の物だ。頼まれれば、繁雄は店で茹でたうどんをおかもちに入れて宅配している。外出が困難なお年寄りに結構好評で、通常はどんぶりの回収まで行うのだが、千十世は例外だった。出不精なこの幼馴染を少しでも外に出そうという魂胆なのである。
 何がなんだかよくわからなくなった場を戻そうと、繁雄はもっともらしく咳払いした。


「まぁ、それは置いといてやな…」
「自分で言ったくせに」
「じゃかあしい!」


もっともな千十世のチャチャに顔を赤くしながら、繁雄は強引に軌道修正する。


「お前さっきなんて言うた? 万引き…やて?」



⇒⇒⇒本編に続く
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◆作品
当ブログ及び小説家になろうにて、『ミス・アンダーソンの安穏なる日々』『八奈結び商店街を歩いてみれば』を連載しました。前者はおねショタ小説で、現在公開休止中です(無敵の女傭兵ミス・アンダーソンを抹殺すべく派遣された羊ショタ執事悪魔(レベル1)のどたばたコメディ)。後者は大阪のどっかにある商店街が舞台のなにわ人情お約束劇です。

アイコンは岡亭みゆ様にご制作頂きました。

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