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『ミス・アンダーソンの安穏なる日々』番外編

ヴォルカ・ロールに想いを寄せて


本編読まれる前の予習用にどうぞ!
つづきは追記から……


おねショタ 小説 ファンタジー 一次創作
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《芽吹ヶ刻》も終わりに差し掛かり、《飛沫ヶ刻》も間近に迫った今日この頃。

《陽と風香の丘》に立つその赤レンガの家では、今まさに待ちわびた瞬間が到来していました。

 魔族の少年・アーティは、ごくりとのどを鳴らしました。分厚いミトンをはめた右手が、オーブンの取っ手に触れます。そして一息に、手前に引っ張りました。

 その瞬間、かぐわしい香りが台所中を満たしました。ぐう、とおなかが思わず鳴ってしまいます。この匂いだけで顔をとろけさせてしまったアーティですが、すぐ顔を引き締めてオーブンの中に鎮座する鉄板に向けて手を一振りしました。浮遊呪文のかかった鉄板は、シンク台のとなり、ガスレンジのゴトクをめがけて危うげなく飛んでいきます。

 急いで追いかけて、彼は目を凝らし鉄板の上を眺めました。


「ふっふっふ、大成功なのです…!」


 思わず、歓喜の言葉がこぼれます。

 そう、鉄板の上に並べられているのはアーティお手製《ヴォルカ・ロール》――魔界では広く親しまれた菓子パンです。

 形が《不可侵の火山》によく似ていることから名づけられたこの菓子パンは、魔界ハーブの《月珠楠の皮(リュミ・シナモム)》の香ばしい風味が特徴的な一品です。生地にたっぷり練りこまれた粉末状の月珠楠の皮が、甘やかで、しかしちょっぴり刺激的な味わいを口いっぱいに満たしてくれるのです。今日アーティが作ったこのパンには、岩石に見立てた角切りの《妃りんご》も入っています。

 魔界にいた頃は主人に献上すべくよく焼いたものですが、任務のため人間界にきてからはトンとご無沙汰でした。それを今日作ろうと思い立ったのは、ひとえに上等な小麦粉を手に入れたからなのでした。

 つい先日、《ロバスト・ルーツ》に遊びに行ったとき、セルシアからおすそ分けしてもらったのです。なんでも極寒の国・《氷刃冠連邦》でしか生育できないという幻の小麦・《水晶滴(ビジュ・フレィズ)》が手に入ったとかで、彼女はたいそう上機嫌でした。アーティのうろ覚えの知識によると、彼らが今いる《大樹君国》と氷刃冠連邦では国交が断裂していたはずですが、そんな貴重なものがどうして手に入ったのか――と聞くのはなんだか野暮でしたので、彼はその疑問をそっと胸にしまったのでした。

 頂いた水晶滴の小麦粉をアーティは夜毎、キッチンの窓辺において、月が放つ清浄な銀の光に晒しておきました。これは魔界のやり方で、こうすることで月光にこもる神聖な魔力と、静寂を含む夜気のぬくもりが、小麦粉を一層おいしくしてくれるのです。

 そうしてカラッと晴れた本日を迎え、久しぶりの一戦を終えた結果は大勝利。焼きたてのヴォルカ・ロールは、ほこほこと柔らかな蒸気を立てて、かりっと焼きあがった自慢の肌を誇らしげに見せています。火口にもみえる渦巻いた切り口、そこから覗く角切りの妃りんご――そのどれもが、“早く食べて!”とせっついてきます。人間界イチの大国・大樹君国のパン屋さんにだって、ちょっとこれだけのパンは見つけられないでしょう。

 ふふん、と自慢げに胸をそらしながら、アーティはひとつつまみたくなる自分を戒めました。そう、おいしいパンはおいしいお茶と一緒に供されねばなりません。そして優雅に食卓について、心静かに食すべきなのです。


(そうだ、この前買ってきた《ロイヤル・クロス・ティ》の新しい缶を空けましょう!)


 今年最初に摘まれた葉で作られたと聞いて、先日街で買ってきたものでした。新鮮な葉の香りは、きっと焼きたてのパンによく合うでしょう。

 アーティは鼻歌交じりに戸棚へと向かいました。そしてガサコソ引き出しを探っていると、


 がちゃっ


 と、勝手口の開く音がしました。


(…どろぼう?!)


 身を固くしてバッと振り返るアーティでしたが、見やった先にいたのはもっとたちの悪いものでした。


「あ…」


 アーティと目が合った彼女――この家の主、アンナ=L・アンダーソンは、途端にバッと背を向けました。身構えていたアーティは一瞬で脱力し、そしてはばかることなく眉間にしわを寄せました。


「ミス・アンダーソン、こっちを向いてください」
「……」
「こっちを向いてください!」


 彼の要求に対しこの麗人は、しばらく無言で対抗していました。が、いきなり居ずまいを正してアーティに向き直ります。いつものように優雅に、肩に落ちた長い黒髪を払いながら、


「なんですの、アーティ?」


 艶然とすっとぼけるのですが、無論アーティには通用しません。彼は、はぁ、とため息を盛大にこぼしてから、彼女の薄い唇、その端を、ずいっ! と指して、


「シラを切るならそのパンくずどうにかしてからにしましょうね…?」
「あらやだ」


 アンダーソンはぺろりと舌で掬い取って、悪びれもなくウインクしてみせます。が、そんな可愛いコぶりっこもアーティには通用しません。


「どうしてあなたは我慢できないんですか!! お茶を入れたら持っていこうと思ってたのに!!」
「だって! こんないい匂いがしているのに我慢できるはずありませんわ!」
「開き直らないでください!!!」


 アーティはツカツカと近づいて、アンダーソンが背に隠そうとしている鉄板の上を覗き込みました。案の定、二十個はあったはずのヴォルカ・ロールが、ゆうに五つはなくなっています。あの一瞬でどうやって、口の中に詰め込んだのでしょうか。毎度のことながらゾッとしてしまうアーティです。

 休日をダラダラと過ごしている真っ最中のアンダーソンは、例によってシャツ一枚で、長い両足を外気に晒したままスリッパだけ突っかけて立っています。つまみ食いをまるで悪いとも思っていないようです。何を言ってもダメージを受けないこの宿敵に、アーティはぐっと気おされます。


(うう、一体いつになったら“抹殺”できるんでしょうか、このヒト…)


 改めて、己に課せられた使命の理不尽に彼は涙しました。

 彼ら魔族にとって最大の敵――人類最強の女傭兵、アンナ=L・アンダーソン。その“抹殺”の任務を受けて単身人間界にやってきたアーティですが、今のところ使命を全うして魔界に帰れるのはまだ当分先の様子です。毎度のことながら落胆し、途方に暮れて、逃げ出したくなってしまいます。しかし、魔界で待っている主人と師である祖父の顔を思い出し、再び心を奮起させます。


(なんとしても使命を果たすのです、騎士執事のホコリにかけて…!)


 と、ひとりで百人相している少年を、麗人は思惑ありげな碧眼で見下ろしています。
 いたずらにキュッと口の端を吊り上げ、腰をかがめました。そしてアーティの、羊に似た角に隠れたやわらかな耳にそっと口元を寄せて、


「では向こうで大人しくお待ちしていますので、早くお持ちになってくださいましね?」


 ふぅ、っと息を吹きかけ、そう囁きました。

 心ここにあらずだった少年は顔を爆発させんがばかりに赤くして、言葉にならない声を上げ、その場でジタバタ地団太を踏みました。それに気をよくしたアンダーソンは軽やかな足取りで、キッチンを出て居間に戻ります。 


(…邪魔されないように、って扉に鍵をかけてましたのに…わざわざ勝手口に回ってくるとは…くっ)


 今度からは勝手口にも鍵をかけましょうか…と考えたところで、アーティは頭を振りました。それなら扉を破壊してでもつまみぐいにくる、それがアンダーソンです。

 観念して、彼はお茶の準備を始めました。やけになってひとつつまんだヴォルカ・ロールはやっぱりおいしくて、しかめっ面がついほころびます。が、開けっ放しの扉の向こうで、アンダーソンが催促の声を上げているのが聞こえ、慌ててポットに手を伸ばしました。



 この後、ヴォルカ・ロールを大層気に入ったアンダーソンが「いや、もう材料ないから作れませんよ」と言われ、その次の日大量に月珠楠の皮と水晶滴の小麦粉を仕入れてくるという怪事件が起こるのですが、それはまた別のお話。


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書いたきっかけはこちら↓





素敵な企画をありがとうございました!


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ジャンル:小説・文学

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世津路章

Author:世津路章
一次創作小説を書いています。

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◆リンクについて
当ブログはリンクフリーです。ただし、アダルト・宗教系サイトは除きます。
◆作品
当ブログ及び小説家になろうにて、『ミス・アンダーソンの安穏なる日々』『八奈結び商店街を歩いてみれば』を連載しました。前者はおねショタ小説で、2017年7月に電撃文庫より刊行されました(無敵の女傭兵ミス・アンダーソンを抹殺すべく派遣された羊ショタ執事悪魔(レベル1)のどたばたコメディ)。後者は大阪のどっかにある商店街が舞台のなにわ人情お約束劇です。

アイコンは岡亭みゆ様にご制作頂きました。

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